其の六十四 封印の塔の死闘

正体不明の謎の戦士は、悟空に挑発されても一向に動こうとはしなかった。身構え、悟空の出方を慎重に窺っていた。その佇まいを見て、悟空は相対している戦士が並みの実力ではないと悟った。

この謎の戦士は黒い兜を被っているが、武装しているのは頭だけで、首から下は動きやすい軽装だった。頭が弱点なのか、顔を見られたくないのか、この内のどちらかだと悟空は推察した。

双方とも身構えたまま沈黙が続いたが、やがて沈黙を破って悟空が飛び出した。謎の戦士は悟空の動きを見定め、悟空の拳を避けると同時に蹴りを悟空に繰り出した。悟空は蹴りを避けつつ、肘打ちを見舞ったが、上手く避けられた。こうした攻撃と回避の繰り返しが続いた。

しかし、始めの内は互角の展開だったが、徐々に様子見から本腰を入れてきた悟空によって、謎の戦士は次第に押されてきた。攻撃を受ける回数が次第に多くなり、遂に悟空の蹴りによって兜を弾き飛ばされた。そして、露わになった謎の戦士の素顔を見た悟空は、驚きの余り動きが一瞬止まり、そのため謎の戦士の攻撃を初めて喰らってしまった。

攻撃を受けた悟空だったが、すぐに態勢を立て直して謎の戦士と相対した。悟空が驚いた謎の戦士の素顔は、若き日の天津飯と瓜二つだった。顔立ちが似ているどころか、三つ目まであった。

「何者だお前?何で目が三つあるんだ?」
「俺の名はルーエ。今の俺は名前しか思い出せない」
「ルーエ!?お、お前がルーエか!?」

謎の戦士の正体は、前魔王ルーエだった。その容貌に、天津飯を知る悟飯やベジータは無論、天界で水晶玉を通して戦いを観ているブルマ達や、修行を中断して同じく観戦しているピッコロ達も驚きを隠せなかった。

ルーエは自分が魔王だった事を全く覚えていなかった。魂を自在に操るボレィは、自分にとって不都合な記憶をルーエから奪い、戦闘マシーンとして現世に召喚させたのである。

「元魔王って言うから、恐ろしい顔を想像していたが、まさか知り合いに似ていたとはな」
「知り合いだと?そいつは俺と同じ三つ目人なのか?」
「ああ。こことは違う世界にある地球という星に住む天津飯って奴だ」
「どうして三つ目人が向こうの世界にいるのか知らんが、その天津飯とかいうのは哀れな奴だな。三つ目人の住む星で生活していれば、もっと強い戦士となっていただろうに・・・」

ルーエとの会話の最中に、再びボレィの声が聞こえてきた。

「ヒッヒッヒッ、お前達の世界の三つ目人が、どれだけ強いのか知らんが、この魔界に住む本場の三つ目人の比ではあるまい。しかも三つ目人最強だったルーエの実力は半端ではないぞ。それに三つ目人は強いだけでなく、他の種族には決して真似が出来ない特別な体術を持っている。三つ目人の妙技を思い知るがいい」

現在、塔の上階にいるボレィも、自分の水晶玉を通して悟空とルーエの戦いを観戦していた。

「天津飯の奴、地球人じゃねえとは前から思ってたけど、よりによって魔族だったとはな・・・。そう言えば、天津飯が自分の素性を話した事はなかった。多分、天津飯はオラと同じ様に、幼い時に何らかの理由で地球に住む事になったんだろう。天津飯が自分は魔族だと知ったら、ぶったまげるだろうな。ひょとしたら天津飯だけじゃなく、餃子も魔族なのかな?」

天津飯は目が三つあるから地球人ではないと悟空達は考えていたわけではなかった。顔の構造が常人と違うだけで地球人でないと判別するなら、鼻が無いクリリンだって地球人ではない。そんな事よりも、悟空達が天津飯は地球人でないと考えた本当の理由は、彼が他人には決して真似出来ない体術を幾つも使っていたからである。

悟空達は天津飯を別の星から来た宇宙人だと思い込んでいた。しかし、悟空やピッコロは出身地が明らかになったのに対し、天津飯の生まれた星は不明のままだった。宇宙人に詳しいベジータでも、天津飯の種族については知らなかった。天津飯が宇宙人でないならば、魔族以外の何者でもなかった。

天津飯の相棒である餃子も、常人とは異なる姿をしていた。背が異常に低く、全身が真っ白で鼻がない人間は、餃子を置いて他にいない。真偽は定かでないが、餃子も天津飯とは種族が違えど、魔族の可能性があった。

幾ら天津飯と同じ顔をしていても、ルーエは全くの別人。おまけに死人なので、殺してしまっても問題ない。そう考えた悟空は、段々と落ち着きを取り戻し、気持ちが吹っ切れた。そして、再びルーエに向かっていった。

更に力を上昇させて戦う悟空に対し、ルーエは防戦一方だった。単純な戦闘力という面で、両者の間には大きな隔たりがあった。まともに戦っては勝ち目が無いと判断したルーエは、一転して悟空から距離を置いた。悟空は無理にルーエを追おうとはしなかった。

悟空はルーエに少し失望感を抱いていた。シーガ達や長老達がルーエの事を天才とか強いとか褒めそやしていたので、もう少し強いのだと予想していたが、実際に戦ってみると、それ程でもなかった。シーガ達の目から見れば強いのかもしれないが、悟空を満足させるには至らなかった。そして、悟飯やベジータも同様の思いを抱いていた。

「ちっ。ルーエはジュオウ親衛隊に匹敵する力を持っていると聞いていたが、どうやらデマだったようだ。以前の親衛隊は今と比べて実力が数段劣っていただろうが、それでもあのルーエよりは上だったはずだ。元魔王が聞いて飽きれるぜ!カカロット!そんな奴、さっさと倒してしまえ!」

痺れを切らしたベジータは、悟空に早く戦いを終わらせるよう促した。悟空もまた、その気になった。ところが、ここで状況が一変した。ルーエは自分の顔の前で両腕を交差させ、それを解くと同時にルーエが二人になった。二人のルーエは、同じ様に自分の顔の前で両腕を交差させ、それを解くと、またも二人になった。こうしてルーエは計四人になった。

「あれは確か天津飯も使った四身の拳とかいう技だ。でも天津飯のと違って、ルーエは四人になっても気が全く変わってねえ。あれが四身の拳の完成版のようだな」

四人のルーエは、一斉に両腕を左右に大きく開いた。すると、各ルーエの背中から二本の腕が生えてきた。ルーエが使ったのは、かつて天津飯も使った事がある四妖拳で、四妖拳を久しぶりに見た悟空は驚いたが、四妖拳を初めて見た悟飯とベジータの方が、もっと驚いた。

「う、腕が生えた。ど、どうなってるの、あれ?」
「知るか!あんな技、今まで見た事ないぞ!カカロットは余り驚いてない様子だが、以前にも見た事があるのか?」

四本の腕を持つ四人のルーエは、各々が悟空を睨んで身構えた。そして、四人一斉に悟空に襲い掛かってきた。ルーエは四人になっても、パワーだけでなくスピードも全く落ちていなかった。今まで二本の腕を相手にしてきた悟空だったが、今度はその八倍の十六本である。さすがの悟空も苦戦しないわけがなく、次々に攻撃を喰らった。態勢を立て直すために、何とか距離を置こうとする悟空だったが、四人のルーエは執拗に追って来た。

悟空がルーエ達から離れようとしても、ルーエ達は悟空に付き纏い、悟空に反撃の糸口を与えなかった。その内に、一人のルーエが悟空の右腕を、もう一人のルーエが悟空の左腕を捕らえ、残る二人のルーエが悟空を前後から襲った。悟空は避ける事も出来ず、前と後ろから攻撃を受け続けた。

劣勢の悟空だったが、このままで終わるような彼ではなかった。力任せに束縛を振り解いた悟空は、天井すれすれまで高く飛び上がり、ルーエが四人とも追いかけてくるのを確認してから太陽拳を使った。眩しさの余り四人のルーエは攻撃を止めて目を覆い、その隙に悟空は床に着地し、呼吸を整えてから超サイヤ人2に変身した。そして、ルーエ達の視力が回復するのを待った。悟空は視界が遮られたルーエ達を攻撃するつもりはなかった。

「太陽拳を一番最初に使ったのは天津飯だが、この技は三つ目人じゃなくても出来る。まさか天津飯の技に苦戦する俺を救ってくれたのが、同じく天津飯の技だったとはな」

やがて視力が回復した四人のルーエは、悟空の変化に多少は驚いた表情を見せたが、すぐに攻撃に転じた。しかし、超サイヤ人2となった悟空のスピードは、ルーエ達の想像を遥かに凌駕していた。十二の目でも悟空の動きを捉えられず、十六本の腕でも悟空に攻撃を浴びせられず、逆に四人は悟空の重い一撃を喰らう羽目になった。

悟空の攻撃を喰らったルーエ達は、背中の二本の腕を引っ込めた。もはや四身の拳と四妖拳のコンビ技でも悟空に勝てないとルーエ達は悟った。そして、一人のルーエが口を開いた。

「見事な強さだ。お前を倒すには、とっておきの技を使わねばなるまい」

四身の拳と四妖拳のコンビ技を破られたルーエだったが、まだ自分の勝利を少しも疑っていなかった。これから使う技に絶大な信頼を寄せていたからである。

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