闘技場の中央で向かい合ったレードとヒサッツ。レードは微笑を浮かべ、対するヒサッツは仏頂面で、各々これから戦う相手の様子を窺っていた。表情は対照的だが、お互い考えている事は、対戦相手の殺害で一致していた。試合開始を告げるアナウンスが流れたが、二人とも即座に動こうとしなかった。
「ふっふっふっ、あなたの事は予選の時から注目していましたよ」
只ならぬ殺気を発しながらも、レードは穏やかな口調で話し始めた。対するヒサッツは口を挟まず、レードの話に耳を傾けていた。
「予選の様子は衛星カメラを使い、一通り見ていました。見応えのある戦いが数多く繰り広げられ、その中でもあなたの戦いぶりは特に素晴らしかった。出場選手百万人の内、あなた一人で十万人は殺しましたね。ジフーミも割と多く殺していましたがね。余りに見事な殺し方なので、私も思わず見とれてしまいましたよ。まあそのせいで、予選終了後には、あなたは全身に返り血を浴びていましたがね」
予選では悟空達全員が、ヒサッツやジフーミとは離れた場所で戦っていた。そのために悟空達は気付かなかったが、出場選手の生存者が余りいなかったのは、この二人が執拗に選手達を殺していたからである。特にヒサッツは己の信念の元に、次々と周囲の罪のない選手達を惨殺していた。
「今の言葉、最高の褒め言葉として受け取っておこう。それよりも、お前はドラゴンボールというのを知っているか?」
ヒサッツはレードからの称賛を適当に済ませ、早速本題に入った。ヒサッツにしてみれば、これから自分が殺す相手が何を言おうと一切興味なかった。ただドラゴンボールの事を聞き、そして殺す。それしかヒサッツには関心が無かった。
「ドラゴンボール?聞いた事はありますよ。確か、どんな願いでも叶うとか。機会があれば手に入れてみたいと思っていましたが、それが何か?」
「なるほど、以前に集めた事はなさそうだな。ならば、もうお前にも用はない」
レードはドラゴンボールの探し方を知らないと判断したヒサッツは、一回戦同様、速攻で勝負を終らせるべく右手に気を集中させた。そして、その右手から、レードの左胸に向けて気功波を放った。
「蛇光波!」
ただの気功波ではなかった。通常の気功波なら直進で進んでいくのに対し、この蛇光波という名の気功波はジグザグに進んだ。しかも、スピードがかなり速いために軌道が読み難く、レードは止む無く左腕で心臓をガードし、蛇光波は彼の左腕に命中した。その結果、レードは心臓への直撃は防いだものの、左腕に重傷を負ってしまった。
「素直に技を喰らっていれば楽に死ねたものを。次は外さん」
一発目の攻撃は防がれたので、再び蛇光波を打つ構えを取ったヒサッツ。一方、レードは怪我を負ったにも拘らず、何故か余裕だった。
「流石ですね。この姿では、やはり勝てそうもありませんね」
「この姿だと?どういう意味だ?」
片腕を負傷し、不利な立場にありながらも、一向に焦りの色が見えないレードを訝しんだヒサッツは、その理由を尋ねた。食いついてきたヒサッツに内心微笑みながら、レードは説明を開始した。
「ご存じないでしょうが、私達の一族は数多の種族の血を取り込む事により、様々な形態への変身が出来るのです。そして、変身の度に戦闘力が大幅に増すのです。論より証拠。実際にお見せしましょう、私の変身を。光栄に思いなさい。滅多に見られるものではありませんよ」
説明を終えたレードは、気を溜め始めた。気が大きくなるにつれ、体までが大きくなりだした。そして、気の上昇が止まった時、レードの身長は倍以上に伸びていた。肉付きも逞しくなり、角が内側に曲がっていた。変身が完了したレードは笑顔を浮かべ、自信に満ち溢れていた。
「待たせたな。変身には少し時間が掛かるんでな」
父親同様、レードも変身後は口調が荒々しくなった。だが、ヒサッツが着目したのは別の箇所だった。
「先ほどの腕のダメージが消えている。どうやら変身すると完全回復するようだな。最初の形態では勝ち目がないと分かっていながら、それでも試合開始直後に変身しなかったのは、そのためだったのか」
ヒサッツの指摘通り、レードの腕は変身後には完治していた。変身すると、それまでのダメージが無くなる。これも親であるフリーザと同じ特性だった。
「言っておくが、これで俺の変身が終ったわけではないぞ。貴様の攻撃を受け、ダメージが溜まったら、次の変身をするつもりだ。俺はもっともっと強くなる。お前は俺の変身を、どこまで見られるかな?」
ある程度戦い、ダメージが蓄積されたら変身して回復する。これを繰り返せば、相手は体力を消耗し、一方の自分は体力を温存できる。これはレードが強敵と戦う時のために用意していた戦術である。もっとも、この戦術を実際に使ったのは今回が初めてで、それだけレードはヒサッツが強敵である事を認めていた。
「なるほど変身か・・・。少しだけ厄介だな。だが、そんな事をしても、お前の死ぬ時間が、わずかに延びたに過ぎない。お前が後どれくらい変身するか知らんが、そんな事に俺は興味ない。これ以上の変身をしないように、今すぐ殺す」
レードの変身を見ても、ヒサッツの表情は少しも変わらなかった。ヒサッツの驚きの表情が見られると期待していたレードは、期待外れの反応に舌打ちした。
「ちっ、つまらん奴だ。セモークの三馬鹿兄弟より良い仕事をしそうだから、出来れば貴様を部下にと思っていたが、やはり殺す事にしよう」
話し合いが終わり、双方戦闘を再開した。変身したレードは強く、初戦とは比較にならないパワーとスピードで戦った。しかし、ヒサッツも負けてはいなかった。パワーアップしたレードと互角に渡り合い、両者一歩も譲らぬ展開となった。お互い相手に体を触れさせず、何度か拳を交えた後で相手と距離を置いた。
「やるな。俺は予選で貴様を見た時から、こう思っていた。この武道会の優勝は俺に間違いないが、もし俺の優勝を脅かす者がいるとすれば、それは貴様だとな。この試合、事実上の決勝戦とは思わぬか?」
「下らんな。俺は武道会の優勝に興味はない。ドラゴンボールの情報を得るために出場したに過ぎん」
レードは再び話し始めた。しかし、ジフーミと違って元来無口なヒサッツは、話をするのが億劫になってきた。適当な返事をしたヒサッツは、右手の人差し指を上空に向け、そこに気を集めた。そして、その指をレードに向けて突き出すと、そこから細長い、鞭のようなエネルギー波が飛び出した。レードは避ける間もなく、そのエネルギー波によって体を幾重にも巻きつかれた。
鞭状のエネルギー波により、レードは一切身動き出来なくなった。戒めを解こうと必死に藻掻いたが、変身したレードの力をもってしても、それは容易な事ではなかった。
「こ、こんなもので俺を倒せると思っているのか?」
「お喋りもそこまでだ。死ね」
ヒサッツは今度は左手の人差し指に気を集め、その指でレードの左胸を指差すと、槍のようなエネルギー波が飛び出した。だがレードもフリーザの息子である。生への執着心は並々ならぬものがあった。必死に上半身をそらし、ヒサッツの攻撃を左肩に受け、大事には至らなかった。
しかし、レードの身体の自由が奪われている状況に変わりはなかった。ヒサッツはレードに近づくと、レードを殴り始めた。なかなか技を狙い通りに決められないレードに苛立ちを覚えていたヒサッツは、レードを苦しめて殺そうと心に決めた。
レードはヒサッツの拳を避ける事が出来ず、殴られ続けた。予想外のレードの苦戦に、試合を見ていた悟空達は驚きを隠せなかった。レードを応援する気はなかったが、このまま一方的に試合が進み、最終的にレードが殺されるようだと、次は悟飯が危ない。出来れば互角の試合展開になり、双方共倒れとなるのが悟空達の願いであった。
殴られ続けるレードだったが、何も考えが無いわけではなかった。実は、「ダメージが溜まったら変身する」という彼の戦術に則り、変身する機会を待って耐え続けていたのだった。相手は自分が認めた強敵である。苦戦するのはレードにとって、想定の範囲内だった。ヒサッツに攻撃させて疲れさせる事は、むしろ都合が良かった。
レードとヒサッツの戦いは、まだ始まったばかりだった。このエゴの強い二人の戦いは、更にヒートアップしていく事となる。
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