其の百五 捨て身の作戦

魔神龍に味方するだけで貰える破格の報酬に、レードの心は激しく揺れた。レードには自分達を裏切るのに何の躊躇もない事が分かっていたので、ピッコロ達は不安を抱きながら成り行きを見守った。そして、レードは熟慮した後、ゆっくりと口を開いた。

「魅力的な誘いだけど、今回は断らせてもらおうか」
「何!?お前、本気で言ってるのか!?不老不死になれて、しかも全世界を意のままに出来るんだぞ!どうして断るんだ!?全宇宙の支配は、お前達一族の悲願ではなかったのか!?」
「その通りだ。僕も誘いを受けるべきか悩んだ。でも、これには大きな落とし穴がある」
「落とし穴だと!?」

一同が注目する中、レードは断った理由を淡々と語り始めた。

「呆気なさ過ぎて、詰まらないんだよ。いきなり全世界の支配者になってもね。俺は何れ全宇宙だけでなく、全世界を我が物にしようとするかもしれない。でも、俺は結果だけでなく、過程も楽しみたいんだ。孫悟空の様な邪魔者と戦って蹴散らすのも醍醐味の一つなんだ。だから、いきなり全世界の支配者になっても、最初は喜ぶかもしれないが、すぐに飽きるだろう。しかも不老不死だから、俺は永久に退屈な時間を味わう事になる。そんなのは真っ平御免だ」

ピッコロ達はレードの話を聞き、ほっと胸を撫で下ろした。もしレードが誘惑に負けて魔神龍と手を組んでいたら、戦況は更に厳しくなっていたのは間違いなかったからである。

「これぐらいの事、お前だって分かっていたはずだ。そうでなければ、とっくの昔に自分自身を全世界の王にしていたはず。それに、俺を仲間にしたければ、わざわざ説得しなくても、洗脳すれば一発ではないか。力の使い方を間違えていないか?お前には不審な点が多い」
「レードよ。お前は小賢し過ぎる。お前の父親だったら、先程の誘いを二つ返事で引き受けただろう。俺への協力を拒むなら、誰であろうと殺さざるを得んな」

交渉は決裂し、戦いは再開された。レードは十個の気円斬を次々と作り、それ等を魔神龍に向けて放ったが、全て回避された。しかし、気円斬は遠隔操作が出来たので、レードは気円斬を操作し、魔神龍の後を追跡させた。その様子に、ピッコロ達は疑問を覚えた。

「例え魔神龍の体を切り刻んでも、不死身である奴は死なず、体は再生されるだろう。その事に、レードは気付いてないのか?」
「それに、あの技はレードにとっても危険が大き過ぎる。これまでは上に乗ったり、中央に穴を空けて自分の体を穴に通したりして、自らの肉体を傷つけないための工夫が見られた。だけど今回は、そうした工夫が無い。下手をすると自滅するぞ」

アイスは、トランクスやピッコロの話を聞き、段々と不安になってきた。悟天は、そんなアイスを元気付けようと声を掛けた。

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。君のお父さんは頭が良いんだから、きっと何か考えがあるはずだ。それに万が一不慮の事故が遭っても、ピッコロさんが何とかしてくれるよ」
「・・・ありがとう。悟天」

ピッコロ達が話している間も戦闘は続けられていた。レードは十個の気円斬を巧みに操って攻め、対する魔神龍は方々に飛び回って気円斬を避けていた。レードは気円斬の群れを二手に分け、一方を魔神龍の後方から、もう一方を魔神龍の逃げる方向に先回りさせて挟み撃ちにしたが、魔神龍は上空高く飛び上がって挟撃を避けた。

レードは相変わらず気円斬に魔神龍を追跡させたが、魔神龍は後ろに気円斬を引き連れたまま地上に居るレードの元に急降下した。そして、魔神龍はレードの手前の地面に気弾を放って爆風を発生させ、自分は再び上空に飛び上がった。

一方、煙で視界を遮られたレードの元に気円斬が迫ったが、レードは回避するために飛び上がった。ところが、頭上では魔神龍が待ち構えており、魔神龍は上昇してきたレードを殴って真下の地面に叩き伏せた。レードの全身は煙に包まれて外からは見えなくなり、更にその煙の中に気円斬も次々と入っていった。そして、煙が晴れると、そこには腰から下を輪切りに切断されたレードが倒れていた。魔神龍はレードの側に降り立った。

「自ら墓穴を掘ったな。お前は父親と同じ技で自滅した。お前の事を小賢しい奴と思っていたが、こんな間抜けなミスを犯すようでは、どうやら買い被り過ぎたようだな」

魔神龍は期待外れという表情で、レードを扱き下ろした。しかし、レードは何故か笑いながら上体を起こして魔神龍を見上げた。

「何がおかしい?気でも触れたか?」
「違う。自分の勝利を確信したからだ。俺が放った技は、俺の体を切断後、何処に行ったと思う?」
「ま、まさか・・・」

レードが右腕を上げると、十個の気円斬が魔神龍の立っている地面を突き破って急浮上し、魔神龍の体をバラバラに切り裂いた。続けてレードは、残る力を振り絞ってエネルギー球を作り、バラバラになった魔神龍の体に投げつけて体を吹っ飛ばした。それを見届けた後、レードは力尽きて倒れた。アイスは心配した面持ちでレードの元に駆け寄り、レードを抱き起こした。

「パパ、大丈夫?しっかりして!」

レードは気を失っていたが、アイスの声で目が覚めた。アイスはレードが生きているので取りあえず安心したが、安心すると今度はレードに対して怒りが込み上げてきた。

「パパ!何であんな危険な技を使ったの!?自分にも危険だって使う前に分かっていたでしょ!?」
「神龍の力を持つピッコロが居なければ、あんな技を使わなかった。本当は自分の体を傷つけずに、もっとスムーズに勝つつもりだったんだが、流石にそう思い通りにはいかなかった・・・」

レードは気円斬が自分の体を切り刻んだ後も冷静さを保ち、気円斬を煙の中から外に出さずに地面の下に潜り込ませていた。そして、煙が晴れて自分の姿を見て、魔神龍が油断して降りてくるのを待ち構えていた。気円斬が自分の体を切断するのも、レードの作戦の一つだった。

レード親子が話している間に、ピッコロ達が彼等の近くまで来ていた。そして、ピッコロはレードを見下ろしながら尋ねた。

「レード。切断系の技を多用した理由は何だ?魔神龍は不死身なので、切り裂かれた程度では死なず、肉体を完全に消滅させないと死なない。だから、わざわざ危険を冒してまで奴を切り裂く事に固執せず、魔神龍を消す事だけに執着した方が無難だったはずだ。そう思わなかったのか?」

ピッコロは今回レードが使った気円斬を、リスクが大きいだけの無駄な技という風に捉えていた。しかし、レードはピッコロの指摘を聞いて鼻で笑った。

「魔神龍はスピードが速いから、いきなり消そうと思っても上手くいくはずがない。しかし、例え不死身といえども体をバラバラに切り裂かれると、体の再生が完了するまで全ての活動を停止する。そして、その間は無防備になる。俺は魔神龍が活動を停止して無防備になる時間を作るために、あの技を使った。案の定、奴の体が再生されるまでは格好の餌食だった。今頃は孫悟空達が神魔界とやらで魔神龍の魂を消滅させ、奴の存在そのものを消しているだろう。俺の役目は終った」

ピッコロは、レードの頭脳に思わず絶句した。惑星レードで出会った時のレードにも脅威を感じたが、今回感じた脅威は、あの時以上だった。レード軍の旗揚げ以降、レードは持ち前の力と頭脳で順調な人生を送っていた。しかし、武道会での敗北に彼は打ちのめされ、プライドは粉々に打ち砕かれた。ところが、そのショックから立ち直る事でレードは一皮剥け、一回りも二回りも恐ろしい悪魔として成長していた。

これまで勝ち続けていた人が敗北を味わうと、それを糧に更に強くなるか、悲観して挫折する。レードは明らかに前者だった。フリーザの息子という理由だけで周りから命を狙われ、誰にも頼る者がなく、悲惨な子供時代を過ごしてきたレードは、強靭な精神力の持ち主だった。

このままだとピッコロは、約束通りレードを不老不死にしなければならなかった。しかし、この悪魔の肉体と頭脳を持つレードを不老不死にすれば、いつか自分達がレードと戦う時の障害になる。むしろ卑劣ではあるが、今の内にレードを倒しておくべきではないかと考えた。普段のレードならともかく、現在の弱ったレードなら余裕で倒せる。ピッコロは心を鬼にする決意を固めた。

しかし、この時、地面から突然強い風が吹き上げた。風は上空に集まり、その空間に魔神龍が出現した。この予期せぬ事態に最も驚いたのは、レードだった。

「な、何故、お前がここに居るんだ?孫悟空達は、お前の魂を消滅させるのを失敗したのか?」
「違う。お前の攻撃が俺に止めを刺すには、威力が不十分だった。お前の作戦は見事だったが、体の半身を失ってパワーダウンし、俺に止めを刺すための力が充分に出せなかった事までは考えが至らなかったようだな。俺は残った肉片から、この通り再生出来た。惜しかったな」

魔神龍が死んでいなかったので、ピッコロは先の邪な企みを諦め、レードの体を元に戻して回復させた。

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