其の百九 魔神龍の本心

「この俺の化けの皮を剥ぐだと?面白い。何を、どうやって剥ぐつもりだ?」
「俺は、これまで様々な奴と戦ってきたが、お前は奴等と大きく掛け離れている。神龍の力が使える事ではない。お前からは闘志が全く感じられないんだ。そのために俺は、お前に違和感を感じ、お前の行動を具に観察してきた。そして、一つの疑問が浮かんだ。『この戦いにおける魔神龍の目的は、果たして何か?』とな」

レードの言に対し、魔神龍は鼻で笑った。

「何を言い出すかと思えば、そんな事か。お前達を弄んで楽しみ、最終的に勝つ事だ」
「それは嘘だ。何故なら、お前は優勢の時は詰まらなそうな顔になり、劣勢の時は嬉しそうな顔になるからだ。これは戦いを楽しんでいる者がする反応ではない」
「ほう。そんな表情になっていたとは気付かなかった。俺が勝つのは最初から分かっているから、優勢でも嬉しくない。逆に劣勢の時は、スリルを楽しんで顔が綻んでいたのだろう」

今度はレードが鼻で笑った。

「スリルを楽しんでいただと?苦しい言い訳だな。ハッキリ言おう。お前は戦いを楽しんでいない。それどころか、勝つ事すら望んでいない。むしろ負ける事を望んでいる。どうだ?図星だろ?」

レードの衝撃的な発言に、魔神龍は目を大きく見開いて驚いた。他方、レードの側にいた悟飯達や、少し離れた場所で観戦していたピッコロ達は、一斉に唖然とした。そして、ベジータが会話に割り込んできた。

「魔神龍が負けを望んでいるだと!?馬鹿な事を言うな!何処の世界に自らの負けを望む者が居るんだ!?」
「俺の言葉を俄かに信じられないのも無理はない。しかし、魔神龍が自らの負けを望んでいると考えれば、これまで見せてきた数々の不可解な行動にも頷ける」
「不可解な行動だと!?何だそれは?」

尚も食い下がるベジータに対し、レードは順を追って説明した。

「魔神龍は俺との戦闘中、神龍の力を使えば戦いを有利に進められたのに、何故か力を使うのを極力避けていた。また、自分が不利になるのを承知の上で、お前達が魔神技を使うのを邪魔しないで大人しく観ていた。他にもピッコロの力が目障りだったら、その力を封じ込める事も出来そうだが、結局は何もしないで放置していた。まだまだあって、魔神龍の不審な点を挙げたら切りが無い」

魔神龍には勝とうと思えば、すぐにでも勝てる機会が幾つもあった。その全ての勝機に気付いていながら敢えて見逃したのは、魔神龍に勝つ意志が無いからだとレードは指摘した。

「確かに魔神龍の行動には不審な点がある。しかし、それは極端に有利になるのを避けたかったからじゃないのか?圧倒的に有利だと、戦いが味気なくて詰まらないからな。本人が言うように、戦いを楽しみたいと考える方が妥当だ。そもそも負けを望んでいるなら、どうして先の戦いで俺やカカロットを殺した?殺してしまったら、負けないじゃないか」

自分の強さに驕り、すぐに勝負を決めようとしないで相手を弄ぶ。これまでベジータが戦ってきた強敵達の中には、そうした連中も居た。魔神龍も彼等と似たような者だとベジータは思っていた。

「殺しただけだろ?魔神龍は、お前達が後に生き返る事に気付いていたはずだ。そして、お前達の復活を阻止するためには、ドラゴンボールを使わせないようナメック星人を全滅させなければならない。しかし、魔神龍は何もしなかった。そのお陰で、お前は再び魔神龍と相見えている。先の戦いで魔神龍は自分が絶対に負けないと判断したからこそ、自分を危険な存在と思わせてから、お前達を殺したのではないか?お前達が再び挑戦してくるのを期待してな」

悟空達の事を悟空達以上に知っていると豪語した魔神龍なら、彼等が死んでも、仲間がドラゴンボールを使って生き返らせる事に気付いていた。彼等の復活を阻止するためには、既存のドラゴンボールだけでなく、新たにボールが作られる事も想定し、ナメック星人を全滅させなければならない。それをしないで放置したのは、魔神龍が迂闊だったからではなく、彼等との再戦を期待していたからだというのがレードの考えだった。

二人の会話に、悟飯が介入してきた。

「待て、レード!お前の言ってる事は、やはりおかしいぞ!魔神龍が本当に自らの負けを望んでいるなら、自分から手を出さないで、わざと負ければ良いじゃないか!しかし、魔神龍は攻撃してくるし、パワーアップまでしている。死ねば復活もする。何で魔神龍は負ける事を望んでいると言い切れるんだ!?」

負けたければ、無抵抗に攻撃を受ければ良い。ところが、実際の魔神龍は、あの手この手使って対抗する。これが自らの敗北を望んでいる者の行動だと、悟飯には思えなかった。

「お前達が無抵抗の者を殺せるとは思えんがな。魔神龍の望みは、自分の想像を超える戦いをして、最終的に自分を打ち負かす者の出現だろう。それをお前達に期待しているからこそ、すぐに勝負を終わらせようとしないで、ある程度の抵抗をする。全く面倒臭い奴だ」

レードの言に、悟飯はぐうの音も出なかった。レードは続けて、魔神龍の心情を語り始めた。

「魔神龍は神龍の力を使って、どんな事でも出来る。しかし、そのせいで俺の宇宙征服や孫悟空の強くなりたいというような野望や願望を、魔神龍は持てないんだ。何でも念じるだけで叶うなら、人生の目標など持てるはずがあるまい。生き甲斐の無い人間には、生きる活力が無い。そういう人間は、自分が生きている意味を見出せず、仕舞いには死にたいと思う者すらいる。魔神龍も多分その一人だろう。そして、魔神龍は・・・」

「もう良い!これ以上は喋るな!」

魔神龍は苛立った様子で、レードの話を途中で遮った。しかし、レードは構わず話を続けた。

「俺の話が全くの的外れなら、お前は笑って聞き流すはずだ。それをせずに怒りを露にする所を見ると、俺の推理は大方当たっているようだな。お前は、プライドが高そうだから、それを素直に認めたくないだろうがな。同じ様にプライドが邪魔をして、わざと負ける事が出来ない。自殺する事も出来ない。だから強者と戦い、死闘の末に敗れる道を選んだ」

レードが話している間、魔神龍は怒りで、わなわな震えていた。レードの話は、これまでのどんな攻撃よりも、魔神龍に効いていると悟飯達は思った。

「いい加減にしろ!お前が話している事は、全部お前の空想に過ぎん!俺が負ける事を望んでいると言い張るなら、決定的な証拠を示してみろ!」

魔神龍は更に語気を強めてレードに凄んだ。しかし、レードの自信は揺るがなかった。

「証拠を示せだと?いよいよ追い詰められてきたな。お前は先程、俺達の命を奪わずに見逃そうとした。お前に勝つ意思が無い何よりの証ではないか?そして、お前は自分が消滅されるまで俺達と戦い続けるつもりだろ?お前が敗北を望む状況証拠とならないか?」

レードの指摘を受けて、魔神龍は思わず絶句した。そして、レードを激しく睨み付けたが、レードは構わずに話し続けた。

「唯一つ分からない事は、どうして俺を味方に引き入れようとしたのかだ。俺を味方にすれば、お前の敗北は遠ざかるはずだ。俺を洗脳しなかった事から判断して、是が非でも俺を味方に引き入れたかった訳ではなさそうだが・・・」

レードの疑問に魔神龍は答えようとしなかった。代わりにベジータと悟飯が答えを推測した。

「魔神龍が本当に自らの消滅を望んでいるなら、レードに寝首を掻かれる事を期待したんじゃないのか?簡単に人を裏切る奴は、また裏切る可能性が高いからな」
「もしくは友達が欲しかったのかもしれません。洗脳でレードを従える事は出来ても、心を通わせる事が出来ません。自分を消滅させる者が現れなかった場合を想定し、その時は友達を側に置きたかったのだと思います。だからこそ、レードを全世界の王にしようとしたのではないですか?」

二人の推測を聞いたレードは、笑い出した。

「なるほど。そう言えば魔神龍は誕生以来、仲間と呼べる者は一人も居ない。友達が欲しくなっても不思議ではない。もっとも友達になってくれと言われても、お断りだがな」

レードは魔神龍を嘲笑した。一方、悟飯とベジータは、魔神龍そっちのけで話を続けた。

「魔神龍の目的が自らの消滅なら、魔神龍は全世界を滅ぼす危険な存在じゃないんじゃないですか?だったら危険を冒してまで戦わなくても良いんじゃないですか?」
「それは分からん。魔神龍が何かの拍子に暴走すれば、全世界が滅ぼされる危険性はある。やはり魔神龍は今の内に倒した方が良いだろう。それにしても、魔神龍は自分を滅ぼす人物が出現するのを長い間待っていたのか?そう考えたら笑えるな」

魔神龍は他人に知られなくなかった自分の内心を見抜かれたばかりか、それを暴露され、しかも嘲りまで受けたので、自尊心を傷つけられ、怒りは我慢の限界を超えた。魔神龍の体は大きく震え、顔は真っ赤になり、額には血管が浮き出ていた。

「お、おのれ、レード!言わせておけば・・・」
「この俺が憎いか?だったら神龍の力で、この俺を消したらどうだ?」
「お前に言われるまでもない!死ね!」

魔神龍は神龍の力を使ってレードを殺そうとした。ところが、魔神龍の目は赤く光らず、レードにも特に異変が無かった。愕然とする魔神龍に対し、レードは安堵の溜息を吐いた。

「どうした?本来なら俺は死ぬはずだろ?しかし、この通り俺は生きているぞ。一瞬ヒヤリとしたがな。やはり俺の思った通りだ」
「な、何故だ!?何故、神龍の力が発動しないんだ?」
「ふっふっふっ・・。今まで神龍の力が使えない事など一度も無かったはずだ。これから神龍の力が発動しなかった理由を説明してやろう」

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