満身創痍で疲労が蓄積しており、しかも合体していられる時間が残り少ないゴジータは、最後の賭けとして魔神龍に対し、お互いの必殺技の撃ち合いで勝敗を決する事を持ちかけた。もし魔神龍が申し出を断れば、他に打つ手が無いゴジータの敗北は決定的となっていた。しかし、この時の魔神龍は己の力に慢心していた。
「そんな体で、まともに技が出せると思っているのか?一か八かの賭けに出るなど追い詰められた人間がやりそうな事だ。それで気が済むのなら、幾らでも応じてやろう」
魔神龍は技を出す構えをして気を高め、ゴジータも同様に気を高めた。そして、その光景を遠目で観ていた悟飯達は、愕然となっていた。ゴジータの気の方が明らかに小さかったからである。やがて気を高め終えた二人は、ほぼ同時に技を発射した。
「龍の雄叫びを聞いて神魔界へと旅立て!龍砲!」
「ファイナルかめはめ波ー!」
ゴジータと魔神龍から放たれた必殺技は、両者の中間地点で激突した。しかし、すぐに優劣の差が出て、ゴジータの方が押されてきた。常に最高の状態で戦える魔神龍を相手に、万全の状態でないゴジータが技の撃ち合いをするのは土台無理があった。ゴジータの危機に悟飯は居ても立ってもいられず、自らの危険を顧みずに飛び出し、ゴジータの隣に立って魔神龍に向けてかめはめ波を放った。ところが、それでも魔神龍の優位に変わりなかった。
三つの大きなエネルギーの衝突で、大地は激しく鳴動し、各地で地崩れが起こった。それは恰も世界の終焉のようであった。
「二人掛かりで、その程度か?二人仲良く死ね!」
魔神龍の放った龍砲は、ゴジータ達の目前まで迫っていた。ゴジータ達の命は、正に風前の灯だった。しかし、この時ゴジータは、遠くで観戦しているピッコロの方を見、大声で彼の名前を叫んだ。ナメック星人であるピッコロは、聴力が異常に発達していたので、ゴジータの声が聞こえた。そして、ピッコロはゴジータの意図を瞬時に理解し、急いで神龍の力を使った。するとゴジータの左腕が再生され、体力も回復した。
完全回復したゴジータは、両手から改めてファイナルかめはめ波を放った。その強さは、先程片手で放ったファイナルかめはめ波を大きく凌駕していた。これによって形勢が一気に逆転した。ゴジータ達の必殺技は猛烈な勢いで龍砲を押しのけて魔神龍に迫り、彼等を甘く見ていた魔神龍は慌てて押し返そうとしたが間に合わず、撃ち合いに競り負けてファイナルかめはめ波とかめはめ波を同時に喰らう羽目になった。
「そ、そんな馬鹿な・・・。こ、この俺が敗れるとは・・・」
二つの必殺技を同時に喰らった魔神龍は、細胞一つ残さず消滅して絶命した。ようやく魔神龍を倒して一安心した悟飯が、ふと隣を見ると、そこには先程まで居たゴジータの姿が無く、代わりにベジータが立っていた。
「ベジータさん、合体が解けたんですか?それにしては父さんの姿が見えませんが・・・」
「魔神龍を倒した直後に合体が解けた。いつもは合体の解けるタイミングが悪いが、今回だけは良かった。そして、カカロットは最後の仕上げのため、瞬間移動で神魔界に向かった。邪悪龍は滅んだので、魔神龍は元に戻っただろうが、問題なのは奴が怒ったままでいるかどうかだ」
「そうですね。魔神龍が怒ったままでいる事に期待しましょう。父さん。後は頼みます」
その頃、悟空は神魔界に残してきた元気玉を頼りに瞬間移動を使って神魔界に着いた。そこは足元が見えないぐらい地面一帯を厚い雲が覆っていた。また、そこら中に数多の魂が浮遊していた。つまりここは、魔界中から死んだ者の魂が集まる場所であった。そして、その上空には巨大なエネルギー球が浮かんでいた。これこそが全世界から集めた元気で作られた超元気玉であった。
悟空が辺りを見回すと、少し離れた所に魔神龍が立っているのが視界に入った。魔神龍は全身を支配していたマイナスエネルギーから解放され、元の姿に戻っていた。そして、魔神龍の頭上には天子の輪が浮かんでいて、それは魔神龍が死んでいる状態である事を物語っていた。魔神龍を発見次第、すぐに消そうとしていたが、その魔神龍の態度が余りにも大人しかったので、悟空は話を聞くために魔神龍の居る所まで飛行し、正面に降り立った。
「こんな所で大人しくしているなんて意外だな。その様子じゃ怒ってるように見えねえから、また神龍の力を使えると思うけど、何で神龍の力を使って自分自身を生き返らせないんだ?オラが何のために来たか、分かっているんだろ?」
「これ以上、生き返って戦うつもりはない。さっさと元気玉で俺を消せ」
「・・・おめえ、やっぱり負けるのが望みだったんだな」
悟空は魔神龍の覇気の無い態度に、すっかり拍子抜けした。
「孫悟空。お前は常に前を向いて生きてきた。だから自殺したいと思った事は一度も無い。なので分かり難いかもしれないが、自殺志願者は百パーセント本気で死にたいと思っていない。彼等の心の片隅には、誰かに止めてもらいたい、死にたくない、という思いがある。それは俺も同じだ。俺は確かに自らの消滅を願っていた。その一方で、生きたいという思いもあった。そのため俺の心の中では相反する感情が常に葛藤し、死のうにも死にきれずに今日まで生きてきた」
生前の魔神龍は本心を頑なに隠していたが、今の魔神龍は訊かれていないのに語った。
「何か複雑な心境だな。要するに、レードが言ってたみたいにプライドが邪魔をして、わざと負ける事が出来なかったわけじゃなく、負けて消滅されたかったけれども、同時に勝って生き延びたいという思いもあったからこそ、神龍の力を使って抵抗していたんだな。でも何故だ?どうして今になって消されようとしているんだ?」
悟空には理解し難い魔神龍の胸の内だったが、それでも自分なりに理解しようとした。
「心底疲れたんだよ。生きる事にな。ここらで楽になりたい。俺を消すのは、俺の苦しみを分かち合える者が望ましい。お前なら、その点は問題ない。それに、お前達は俺が消滅した後も俺の事を忘れないはずだ。それは俺が生きていた証にもなる。さあ!一思いにやれ!あの元気玉なら俺を消せるはずだ。俺の気が変わらん内に早く!」
悟空は軽く頷くと、上空にある元気玉に向けて両手を広げた。
「魔神龍!魂が消滅したら、二度と生まれ変わる事もねえ!でも、お前の事を決して忘れねえぞ!」
「・・・礼を言うぞ。孫悟空」
悟空は魔神龍の周囲を見渡して他に魂が無いのを確認してから、魔神龍に向けて元気玉を放った。元気玉は魔神龍に向けて真っ直ぐ落下した。魔神龍は両手を差し出して元気玉を抑え、一応の抵抗を試みたが、やがて抑えきれなくなって元気玉に飲み込まれ、笑顔を湛えながら消えていった。その後、元気玉は大爆発を起こして消失した。遂に魔神龍の魂が滅び、魔神龍は完全消滅した。ようやく目的を果たした悟空だったが、その心は晴れなかった。
「やっと魔神龍を倒したというのに、浮かない顔だな」
俯いていた悟空が顔を見上げると、何時の間にか正面にベジータが立っていた。ベジータは自分の体に憑依している大魔界王の技である瞬間移動を使って神魔界に来て、魔神龍の最期を見届けていた。
「貴様が気に病む必要は無い。魔神龍が神龍の力を切り離せないなら、奴が救われるには消滅以外に方法が無かった。奴は貴様の手に掛かり、満足そうに消えていった」
自分の思いを汲んでくれた悟空の手に掛かって消滅するのが、魔神龍の本望だったとベジータは解釈した。
「魔神龍の不幸は、自分が望んでいない力を持って生み出された時点から始まっていたと思う。人より優れた力を持つと、周りからは羨ましいと思われるかもしんねえが、当の本人にしか分からない苦しみだってあるはずだ。これまで魔神龍は、色々と思い悩んでいたんだろう。オラみたいに難しく考えないで気楽に生きられたら、あそこまで思いつめなかったはずだ」
人より才があれば、必ずしも幸せとは限らない。才あるが故の苦しみもある。魔神龍の場合は、幸せよりも苦しみの方が勝っていた。
「優れた力を持つ事による苦しみか・・・。それだったら俺にも経験がある。サイヤ人の王子として生まれ、子供の頃から高い戦闘力だった俺は、周囲から絶えず大きな期待を寄せられていた。それが大きなプレッシャーとなり、押し潰されそうになった事もあった。魔神龍の受けた苦しみとは比較にならんが、俺もまた生まれ持った力のせいで苦難の日々を送っていた。まあ自信を持ち始めたら、苦ではなくなったがな。ただし、そのせいで俺の性格が高慢になってしまったが」
ベジータの場合、いずれサイヤ人にとって目の上のたん瘤であるフリーザを排除し、フリーザによる支配から解放してくれると期待されていた。周りからの過度な期待と、超えるべきフリーザの途方もない戦闘力の板挟みとなり、ベジータの大きな悩みとなっていた時期があった。
「ハハハ・・・。それに引き換え、下級戦士として生まれ、周りからは何の期待もされず、地球へと送り込まれたオラは、そうした柵が無い分、伸び伸びと生活出来た。オラは小さい時から周りを気にせず、ただ漠然と強くなりたいとだけ思って生きてきた。それは今でも変わらねえ。そういう下地があったからこそ、ここまで強くなれたと思っている。もしオラが下級戦士でなく、エリートとして生まれていたら、ここまで強くはなれなかったはずだ」
ただ純粋に強さを追求していた悟空は、悩みとは無縁の生活を送っていた。ベジータは悟空の生き様が羨ましく思えた。
「・・・さてと、話はここまでだ。魔界では悟飯達が待っている。あいつ等の元に行って、全て終った事を教えてやらないとな」
「それにブルマ達も地球で俺達の戦いを心配しながら観ていたはずだ。おそらく今頃は俺達の勝利を喜んでいるだろう。早く地球に帰りたいものだ」
悟空とベジータは揃って瞬間移動し、悟飯達のいる場所に向かった。
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