悟空達が住む世界とは別の、もう一つの世界である魔界。その魔界を支配する魔王は、代々魔界で一番強い者が、その座に就く仕来りとなっていた。そのため魔王になるための唯一の方法は、魔界の長老達の目の前で魔王と一対一で戦って勝つ事だった。そして、今日もまた魔王を目指す者が魔王ルーエに戦いを挑んでいた。挑戦者の名は、シーガ。前魔王ダーブラの息子の一人だった。
ルーエとシーガは、長老達の立会いの元、ナツメグ星の平原で激しい戦いを繰り広げていた。戦いの序盤は互角の展開だったが、地力で勝るルーエが徐々にペースを上げてきて、最後はルーエの完勝で戦いは幕を閉じた。戦いに敗れ、傷つき倒れているシーガの元に、彼の弟達であるライタとアストレーが心配そうに駆け寄った。そして、戦いに勝利したルーエは、足元のシーガに話し掛けた。
「流石は前魔王の息子だけの事はある。ここまで手強い挑戦者は、初めてだった」
「く、下らん世辞は止めにして、さっさと止めを刺せ」
「この戦いは、素手による一対一で戦う事の他にルールは無く、相手を殺しても反則負けにはならない。しかし、決着は既に付いている。わざわざ殺す必要はない。それより俺は、お前を部下にしたい。弟達共々俺の部下となって魔界を変えていこうと思わないか?」
ルーエの意外な提案に、シーガ達兄弟は揃って唖然とした。しかし、シーガは素直に応じなかった。
「部下になれだと?ふっ。隙を見て寝首を掻くかも知れないぞ」
「それならそれで構わない。例え俺が殺されても、それは俺に人を見る目が無かっただけの話だ」
シーガ達セモークの三兄弟は、ルーエの発言に再び唖然とした。結局、三人ともルーエの部下になる事を了承した。ところが、ルーエの対応に不満を抱く者がいた。ルーエの弟のリマである。ライタ達がシーガのセコンドとして観戦していたように、リマもルーエのセコンドとして戦いを見守っていた。そして、ルーエの勝利に一安心したのも束の間で、ルーエの寛大な態度に腹を立てていた。怒りを抑えられないリマは、ルーエに近付いて問い詰めた。
「兄貴!何故こいつ等を殺さずに部下にしたんだ!?俺達の一族は、こいつ等の親父に滅ぼされたのを忘れたのか!?」
およそ五十年前、ダーブラは三つ目族の若者に魔王の座を掛けた勝負を挑まれた事があった。この時、ダーブラは何とか勝てたものの、思わぬ大苦戦をし、三つ目族の力に脅威を感じた。そこで自分の地位を脅かすかもしれない三つ目族に無実の罪を着せ、彼等の住む星を大軍勢で攻め滅ぼしてしまった。この時に逃げ延びた三つ目族の子供がルーエとリマだった。そのためリマは、ルーエにダーブラの息子達を殺すよう進言した。しかし、ルーエは首を横に振った。
「一族を滅ぼしたのはダーブラであって、この者達ではない。それに、もし殺してしまったら、新たな遺恨を生み出す事にもなる。恨みの連鎖は何処かで断ち切らねば、更なる悲劇を引き起こしてしまうぞ」
ルーエの言に圧倒され、リマは何も言えなかった。セモークの三兄弟もルーエの言葉に感銘を受けた。これ以降、セモークの三兄弟は心を入れ替え、誠心誠意ルーエに仕えた。また、この逸話が世間に広まり、ルーエの人気は更に高まっていった。
しかし、このルーエの人気を快く思わない者がいた。ルーエに仕えている宮廷魔術師のジュオウであった。ジュオウは優れた魔術師である事をルーエに認められ、ルーエに臣従する事になったが、ジュオウ自身は、それに満足していなかった。それどころか、ルーエに取って代わろうと密かに企んでいた。しかし、ナツメグ人であるジュオウに挑戦権はなく、それ以前に正攻法でルーエに挑戦しても、到底敵わない事が分かっていたので、別の手を考える事にした。
ジュオウが真っ先に考えた手は、ルーエより強い戦士を造り、その戦士がルーエを負かして新たな魔王になり、その魔王となった戦士をジュオウが陰で糸を引くというものだった。しかし、この案を、ジュオウは取りたくなかった。ジュオウは自我が強く、自らが魔王にならなければ気が済まなかったからである。
次に考えた手は、ルーエ及び彼に従う者達を皆殺しにする事だった。しかし、ルーエに従う者達は、魔界中から集まった腕に自信のある者ばかりだった。その全てを滅ぼすとなると、流石に一人の戦士では無理だとジュオウは判断した。そこでジュオウは己の魔力の大半を使い、強大な力を有した戦士を何人も造る事にした。
ジュオウは人目に付かないように誰も住んでいない星に移動し、その星にある洞窟の中で卵を七個、口から吐き出した。この時にジュオウは、後先考えずに出来るだけ強い戦士を造ろうとしたので、卵を吐き出した後は魔力の大半を失い、極端に瘦せ細った。
ところが、ジュオウは卵が孵化する前に、ある事に気付いた。苦労して戦士達を生み出しても、彼等が自分に従わなければ意味が無い。そこで卵の一個一個に呪いを掛け、ジュオウが死んだら戦士達も死ぬようにした。またジュオウが死ななくても、ジュオウの意思で何時でも殺せるようにした。こうして生まれてきた戦士達は、弱いジュオウに従い、彼を守らなければならないという宿命を背負わされてしまった。
数日後、ジュオウの企みなど全く知らないルーエは、王宮で自分に仕える幹部の魔族達と会議を開いていた。そして、そこにはリマも出席していた。彼等は円卓に腰掛け、今後の方針について話し合っていた。そんな折、一人の男が彼等の側に突如現れた。予期せぬ訪問者に動揺するルーエ達とは対照的に、その男は微笑を浮かべて平然としていた。
「お初にお目にかかります。魔王ルーエ様。私の名はサキョー。ジュオウ様にお仕えする者です。実は今度、ジュオウ様は魔王ルーエ様に反旗を翻す事になったので、その報告に伺いました。一週間後の今日、私を含めた七人の戦士が、ルーエ様の命を奪いに参上します。それまでの間、出来るだけ多くの兵を集める事を勧めます」
サキョーの言葉にルーエの幹部達は激昂し、立ち上がってサキョーの周囲を取り囲んだ。しかし、それでもサキョーの態度は一向に変わらなかった。
「ルーエ様の命を奪うだと!?ふざけた事を言いやがって!このまま無事に帰れると思うなよ!八つ裂きにしてやる!」
「ふざけている?ふっ。ふざけているのは、あなた達の方でしょう。この私を八つ裂きにしようなど、とても正気の沙汰とは思えませんね」
サキョーは抑えていた気を開放した。その衝撃で、サキョーの周りを囲んでいた幹部達は、全員壁際まで吹っ飛ばされた。
「お分かり頂けましたか?私の言葉が冗談ではない事を。これでもまだ半分ぐらいの気です。まだお分かり頂けないなら、この中の数人を殺して差し上げましょうか?」
サキョーの気の大きさに、一同は意気消沈してしまった。もしルーエを含めた全員で一斉にサキョーに戦いを挑んでも、到底勝ち目が無い事を誰もが悟った。すると、これまで黙っていたルーエは、ようやく重い口を開いた。
「お前の真意は、よく分かった。お前の言う通り、こちらは出来るだけ多くの兵を集めておくとしよう」
「流石は魔王様。理解が早い。それでは一週間後に、またお会いしましょう」
サキョーは話し終えると、窓から外に飛び出し、空高く飛び立った。そして、サキョーが去った後、部屋は重い雰囲気に包まれた。誰もがサキョーの凄さに圧倒されていた。どんなに多くの魔族を集めても、七人の戦士達には敵わないかもしれない。悲壮感が漂う中、ルーエは発言した。
「皆の者に告げておく。一週間後の戦い、おそらく俺に勝ち目は無い。だが君達まで俺に付き合って死ぬ事はない。魔界は遠からず、ジュオウに牛耳られる事になるだろう。だから君達は向こうの世界に避難すると良い。誰も責めはしない」
少しでも多くの犠牲を減らす。それがルーエの考えだった。しかし、誰も従おうとはしなかった。それどころか、幹部達は「魔王様と共に戦って死ぬ」と次々に口にした。弟のリマまでが一緒に戦うと言い出したが、ルーエは許さなかった。
「お前は、まだ未熟だ。わざわざ若い命を散らす事はない。お前は何処か遠くに逃げろ」
「嫌だ!俺も戦う!兄貴を裏切ったジュオウを、俺は許せないんだ!」
「俺にもしもの事があったら、誰が代わりに魔界を治めるんだ?ジュオウでは決してないぞ!」
「・・・分かったよ。でも絶対に死なないでくれよ」
「出来る限りの努力はする。だが結果は、どうなるか分からない」
リマは大人しく部屋を退室した。しかし、兄には黙って参戦するつもりだった。
一方、ジュオウと六人の戦士達が待つ洞窟の中に戻ったサキョーは、ジュオウに事の仔細を報告した。
「クックックッ・・・。ルーエの奴、サキョーに恐怖心を抱いて、多くの兵を集めるだろう。しかし、それこそが狙い。ルーエに従う奴は、根こそぎ排除してくれるわ。そして、邪魔者が全て居なくなった後、俺は晴れて魔王となってやる」
決戦までの一週間、ルーエや彼の幹部達は、兵士達に戦争がある事を伝えた。ルーエ達は兵士達に逃げる事を勧めたが、誰も逃げようとはしなかった。幾ら強いといっても、相手は七人である。サキョーの強さを知らない兵士達は、数の差で実力差を補えると軽く考えていた。しかも、ルーエを慕う魔族の若者達が、戦争がある事を知り、続々と志願兵としてルーエの元に集まってきた。こうしてルーエにとっては最悪の、ジュオウにとっては最高のシナリオ通りに事が進んでいった。
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