其の十二 格の違い

べジータとアストレーが闘技場に登場し、向かい合った。アストレーは勝利を確信しているかのような余裕の笑みを浮かべ、一方のべジータは無表情で腕を組んでいた。

「元サイヤ人の王子だか何だか知らんが、俺達セモークの三兄弟に勝てるものか」
「スカウターが無ければ相手の実力を読み取れんのは、昔も今も変わらんな」
「ふん、俺達を見くびるなよ。昔はともかく、今はそんな物に頼らなくても、相手の実力ぐらい分かるさ。気を読んでな」
「ほう、そうなのか」

アストレーの言に、べジータは少しだけ感心した。それが真実ならば、昔のフリーザ軍の戦士達と比べて、今のレード軍の戦士達は、少しは進歩したと言える。

「だったら、どうして笑っていられるんだ?俺の力が分かっていれば、貴様の力では到底敵わん事も分かるはずだ」
「確かにまともに戦えば、とても勝ち目は無い。しかし、俺には奥の手があるのさ」

奥の手とは言ったって、どうせ大した事ないと思いながら、べジータは試合開始の合図を待った。

試合開始のアナウンスが流れると、べジータは速攻で終わらせるべく、アストレーに飛び掛かった。アストレーの目前に迫り、右のフックを放つも、何か硬い物にぶつかった。ベジータが殴った箇所に視線を向けると、アストレーの左手には何故か盾が握られており、それがべジータの攻撃を防いでいた。

「な!?そんな物、何時の間に?」
「ふふふ、驚くのは早いぞ」

アストレーが右腕を上げると、空中に剣が現れた。アストレーは剣を右手で握り締め、その剣をべジータの脳天に向けて振り下ろした。しかし、べジータは後方に退いて難を逃れた。

予期せぬ出来事の連続に、多少の戸惑いはあったものの、ベジータは冷静になって抗議した。

「おい、武器の使用は反則じゃなかったのか?」
「反則なのは持ち込んだ武器を使う事だ。これは俺の魔術で作り出した武器。すなわち、技の一つとみなされるのだ」

無茶苦茶な理屈ではあるが、アストレーが大会主催者であるレードの側近なので、その理屈が罷り通る。その証拠に、審判団は彼の反則負けを宣告しなかった。観客席からはブーイングが出たが、アストレーは素知らぬ顔だった。大会主催者がレードである以上、その一味にとって有利なルールとなるのは、事前の予想通りだった。

「まあいい。そんな物を使っても、貴様に勝ち目はない」

並の戦士ならば、アストレーの反則すれすれの行為に、腹を立てて試合放棄するか、武器を恐れて降参するだろう。しかし、幾度の死線を潜り抜けてきたべジータは違った。例え武器を使用されても、自分が負けるわけないという自負があった。

アストレーは剣を振り回してべジータに迫った。しかし、べジータはその剣さばきを余裕でかわし、アストレーの背後に回りこんで右の蹴りを喰らわせた。蹴飛ばされたアストレーは、持っていた剣と盾を思わず手放し、そのまま数十メートル先まで吹っ飛んだ。アストレーの行為に腹を立てていた観客は、べジータに一斉に声援を送った。

蹴倒されたアストレーは、ふらつきながら立ち上がり、べジータを睨み付けた。

「よ、よくもやってくれたな。なら、これならどうだ」

今度はアストレーの周囲に鎧が現れ、彼の体に装着された。見るからに分厚い鎧で、全身を隙間なく覆っていた。

「どうだ?今度ばかりは、どうする事も出来まい」

再び勝ち誇ったアストレー。しかし、べジータは呆れて溜息を吐いた後、アストレーに素早く近付いて右腕を取り、観客席に向けて一本背負いで投げ飛ばした。投げ飛ばされたアストレーは、観客席のバリヤーに弾かれ、そのまま床に激突した。

観客席からは笑い声が聞こえた。当の笑われた本人は、立ち上がると力任せに鎧を脱ぎ捨てた。そして、怒りの表情で、べジータに向けて叫んだ。

「お、おのれー!」
「次は何を出すのか知らんが、貴様では俺に勝てん。これ以上恥をかかない内に、とっとと引っ込むんだな」

相手をするのに飽きてきたべジータは、アストレーに試合放棄を促した。

「くっ、その方が良さそうだ」

アストレーはそう言うと、出入り口に向けて歩き始めた。しかし、次の瞬間、アストレーは右手に銃を生成し、振り返りつつ発砲した。べジータは急いで避けたものの、完全には避けきれず、左腕に銃弾が命中した。銃弾は貫通せず、傷口からは止めどなく血が溢れ出ていた。

「ふははは!形勢逆転だな。その腕では、もう戦う事は出来まい。この銃は、ただの銃ではないぞ。なにせ、カッチン鋼に傷を付ける事が出来るぐらいだからな」

アストレーは更に銃弾を浴びせるべく、べジータの左胸に銃口を向けた。

「死ね。止めだ」

アストレーが銃の引き金を引く瞬間、べジータの周囲を黄金のオーラが覆った。髪は金色に逆立ち、ベジータは超サイヤ人に変身した。それと同時に、体内に残っていた銃弾が体外に放出され、血が止まり、傷口がふさがっていった。アストレーは奇跡を目の当たりにし、銃の引き金を引くのも忘れ、見とれてしまった。

「とことん馬鹿な野郎だ、貴様は。折角、助かった命を捨てるんだからな」

べジータの言葉で我に返ったアストレーは、気を取り直して発砲した。しかし、べジータは銃弾を指で受け止め、握り潰した。そして、アストレーの眼前に高速移動し、腹部に右のパンチを浴びせた。アストレーは倒れ、もはや立ち上がる事は出来なかった。べジータの勝利が宣告され、試合は終わった。超サイヤ人の変身を解いたべジータは、そのまま控え室に戻ろうとしたが、倒れているアストレーが彼を呼び止めた。

「ま、待て、べジータ。どうして俺を殺さなかった?お前の実力なら、俺を一撃で殺す事が出来たはずだ」

アストレーは死んでいなかった。べジータが殺さないように手加減をしていたからである。べジータはアストレーを見下ろしながら返答した。

「これは試合だ。殺し合いではない。まあ、相手がレードであれば容赦なく殺していたがな。奴に会ったら伝えておけ。『首を洗って待っていろ』とな」

かつてのべジータなら、容赦なく相手を惨殺していただろう。だが、べジータは変わった。また、自分の子供達が見ている事もあり、彼等に自分の残虐な一面を見せたくなかったのも、今回アストレーに止めを刺さなかった一因であった。

「やはり俺の敵う相手ではなかったか・・・。命を助けられたお礼に、一つだけ教えてやろう。レード様の事だ」
「何?レードだと!?」

レーどの事と聞いて、べジータの目の色が変わった。

「レード様の恐ろしい所は、強さだけではない。あのお方は、相手の本当の力を見抜けるのだ」
「ふん、そんなのは別に大した事ではない。気を探る能力があれば、造作も無い事だ」

べジータはアストレーをそのままにして、立ち去ろうと振り返って歩き出した。しかし、その背に向けてアストレーは話を続けた。

「違う。気を探って分かる力は、その時点の戦闘力に過ぎない。しかし、レード様は相手の真の力を瞬時に見抜く事が出来る。例えば、読み取る相手が変身前でも、レード様は変身後の最大戦闘力を把握する事が出来る。レード様が貴様等全員を相手にしても勝てると言われたのは、決してハッタリではない。貴様等全員の最大戦闘力を把握し、その上で勝てる自信があるからこそ、あのように言われたのだ」

べジータにはショックな内容だった。「口からの出任せ」と一笑に付したかったが、この時は嘘と一言で片付けられなかった。結局、その後は一言も言えず、無言で控え室に引き上げていった。

べジータは試合に勝った。しかし、後味の悪い勝利となった。

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