其の十六 セモークの三兄弟の素性

試合開始早々、シーガはピッコロに飛び掛かった。小太りの割に、シーガの動きは俊敏で、次々と繰り出される攻撃を、ピッコロは必死に避け続けた。そして、避けるばかりではなく、ピッコロも機会を見つけて反撃した。レードの読み通りというべきか、双方は実力伯仲で、一つ前の試合と同様に、最初は互角の試合展開となった。

両者一歩も譲らず、お互い一回ずつ攻撃を受けた所で、シーガがピッコロから離れた。接近戦では共倒れになるかもしれないと考えたシーガは、ピッコロに向けて無数の気功波を放った。対するピッコロは、冷静に気功波を見極め、自分の体に当たりそうなものだけを弾き飛ばした。

気功波がピッコロに全く当たらないので、シーガは単なるエネルギーの無駄遣いと判断し、放つのを辞めた。しかし、息が少しも乱れていないピッコロに対し、シーガは大きく肩で息をし、早くも疲れの色が見えていた。弟のライタ同様、シーガもエネルギーを無駄に消費し、劣勢へと追い込まれていた。シーガは弟と同じ轍を踏んだ。

このままでは負ける。負ければ自分だけでなく、弟達まで殺される。しかし、正攻法では勝ち目が無い。それでも絶対に勝たなければならない。追い込まれたシーガは、ピッコロに勝つためならば、みっともない戦い方でも、この際、止むを得ないと考えた。

再びピッコロに接近したシーガは、戦うと見せかけて、ピッコロに唾を吐き掛けた。ピッコロは唾を避け、身体には当たらなかったが、身に着けていたマントに唾が掛かってしまった。すると、唾が当たった箇所が石化し、それが徐々に広がっていった。ピッコロは急いでマントを脱ぎ捨てた。放り投げられたマントは、床に届く前に完全に石となり、落下の衝撃で粉々になった。

自分まで石化する危機を脱したピッコロ。しかし、安心出来るゆとりはなかった。シーガが何度も繰り返して、ピッコロに唾を吐き掛けたからである。一回でも唾が身体に当たれば、石となって試合に負ける。ピッコロは、シーガから急いで離れた。

逃げるピッコロを追い、シーガは唾を吐きながら追いかけた。気功波と違い、唾は幾ら出してもエネルギーが尽きる事はなく、しかも当たれば一回で勝負を決められる。恥も外聞も捨てたシーガに自然と余裕が出来、逆にピッコロは追い詰められていった。

ピッコロは闘技場の端に追い込まれた。もはや逃げ場はない。シーガは余裕の笑みを浮かべ、ピッコロに向けて唾を吐いた。そして、ピッコロの身体に唾が当たる瞬間、突然、ピッコロの前面に盾が出現し、盾が身代わりとなって石になった。

「確か、試合中に自分で生成した武器防具は、使っても反則にならなかったよな?」

ピッコロは、シーガの弟のアストレーが用いた屁理屈を咄嗟に思い出し、それを逆に利用する事で、難を逃れた。予想外の展開で、呆気に取られたシーガの顔を、ピッコロは思いっきり殴った。そして、倒れたシーガに素早く近付き、彼の首筋に右手の指の爪を突き付けた。

「さあ、降参しろ。それとも、このまま首を切り裂かれたいか」

もはや万事休すとなったシーガは、断腸の思いで床を叩いた。ピッコロの勝ちが宣言され、試合は終わった。そして、意気消沈して引き上げようとしたシーガを、ピッコロが呼び止めた。

「お前の触れると石になる唾は、昔、魔界の王ダーブラも使っていた。お前とダーブラとは、何か関係でもあるのか?」

二十年ほど前、ピッコロはダーブラに唾を掛けられ、石になった苦い過去がある。だからこそ、今回は唾に敏感に反応し、再び石化する危機を脱する事が出来た。そのダーブラと同じ能力を持つシーガに関心を抱くのは、至極当然であった。

「驚いたな。こんな所で父の名を聞くとは」
「何!?父だと」

ピッコロは驚きの表情を浮かべたまま、シーガの顔をじっと見つめた。そして、シーガの弟達の顔を、順番に思い浮かべた。三人とも額に角に似た二本の突起物があり、それはダーブラの額にも存在した。また、ダーブラは剣や槍を生成し、手や口から火の玉を出したと聞いた事があった。おまけに石化する唾まで出したので、セモークの三兄弟とダーブラとの共通点が余りにも多く、シーガが嘘を言っているようには思えなかった。

「なるほどな。お前達がダーブラの息子というのも、あながち嘘ではなさそうだ。では何故、魔界ではなく、この世界に滞在し、レードの部下になっているんだ?」
「この世界に滞在しているのは、とある事情により、魔界に住めなくなったからだ。そして、この世界で住む場所のない我等兄弟を拾って下さったのが、他ならぬレード様だ。我等兄弟は、その恩に報いるため、レード様に仕えている」

魔界の王であったダーブラの子供達が、どうして魔界に住めなくなったのか、ピッコロは少し気になった。しかし、「とある事情」と言葉を濁す辺り、何か複雑な理由がありそうだった。しかも、問い詰めれば、シーガの心の傷をえぐるような気がしたので、結局それ以上は尋ねなかった。

「こちらからも聞きたい。お前が父の名を知っているという事は、父はこの世界に来たのか?二十年ほど前、長年に渡って魔界を支配していた父が、突如として失踪し、魔界中が大騒ぎになった。俺達兄弟は、父の居場所を突き止めるため、魔界中を探し回ったが、結局見つからなかった」

ダーブラが魔導師バビディに操られて地球を訪れ、魔人ブウに殺された事を、この兄弟は知らない。父の手掛かりを求め、魔界中を捜し歩いた彼等にとって、父の行方は是が非でも聞きたい情報だった。

「確かにダーブラは、この世界に来た。だが、奴は魔人ブウという奴に殺された。そして、その魔人ブウも、悟空に倒された」

ピッコロは、魔人ブウの生まれ変わりであるウーブの事は、敢えて話さなかった。話せば、ウーブとセモークの三兄弟との間に、余計な争いが生じると考えたからである。

「そうか。二十年も音沙汰が無いから、既に死んだと思っていたが、やはり・・・」

シーガは覚悟していたが、改めて聞かされると、やはりショックが大きかった。

「ピッコロ。最期に、お前と出会えて良かった。父の話が聞けた今、もう思い残す事はない」
「最期だと?それは、どういう意味だ?」
「俺は試合前、レード様から言われた。『もし負ければ、兄弟全員の命は無い』と」

ピッコロにとって、更に驚かされる話の内容だった。もし試合前に、その事を知っていれば、シーガにわざと負けたかもしれない。自分が初戦で敗退しても、悟空達がいるので、大した問題ではない。ピッコロにとって、この武道会で勝ち進む事に、意義は無かった。

「まあ、この後すぐに殺される事はないと思うが、武道会の終了後に、大勢の兵が見ている前で、見せしめとして処刑されるだろう。もっとも、レード様が優勝出来なければ話は別だ。自分まで負ければ、俺達だけを責める事など到底出来んからな。しかし、レード様が負ける可能性は皆無だろう。レード様は、出場選手の中で自分が一番強いという事を、既にご存知の様子だからな」

レードに勝たなければならない理由が、もう一つ出来た。例え実力は向こうが上でも、悟空達が怖気づく事はない。今まで幾度も自分達より戦闘力の高い相手との死闘を演じ、それ等を打ち負かしてきた実績がある。今回は一対一とはいえ、彼等、特に悟空なら何とかしてくれそうな期待を、ピッコロは抱いていた。

二人の脇を、武道会の関係者が待機していた。試合が終わる度に闘技場に来て、次の試合の為に掃除等を担当する係りの者達である。試合が終わっても、ピッコロとシーガが中々引き上げないので、焦れて出てきたのである。これ以上、彼等の邪魔になっては悪いと思い、二人は各々の控室へと引き上げていった。

シーガの予測通り、彼等兄弟が直ちに処刑される事はなかったが、レードはもはや近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。これまで六試合が終了し、まだ死者は出ていないが、これからはとてもそうはいかないと彼等は肌で感じ取っていた。

レードは無言で部屋を出、闘技場に姿を現した。レードがフリーザの息子である事は、公にはなっていない。また、フリーザの姿を実際に見て、生き延びた人は余りいない。そのため、フリーザと酷似するレードの姿を見ても、観客がどよめく事はなかった。

悟空達が注目する中、遂にレードが力を見せる時が刻々と近付いていた。

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