試合開始の合図を待つレジックは、目の前に立つ対戦相手のヒサッツを見定めた。ヒサッツの全身は疎か、瞳、蛇の形をした尻尾までが銀一色で、レジックの目には異様な戦士の姿に映った。そして、試合開始を促すアナウンスが流れると、レジックは素早く身構えたが、ヒサッツは腕を組んだまま動こうとはしなかった。不審に思ったレジックは、その理由を尋ねた。
「何故、構えようとしない?試合開始のアナウンスが聞こえなかったのか?」
レジックにそう言われてもヒサッツは構えようとはせず、逆にレジックに質問した。
「戦う前に、お前に聞いておきたい事がある。お前は、ドラゴンボールというのを知っているか?」
ヒサッツはレジックに、ジフーミがトランクスに尋ねたのと同じ質問をした。試合が始まったのに、戦おうとしない対戦相手に苛立ちながらも、レジックは正直に答えた。
「確か、どんな願いでも叶う不思議な玉の事だろ?詳しくは知らんが」
レジックは悟空と再会した後の食事会で、悟空からドラゴンボールの話を聞いた。しかし、レジックはドラゴンボールに興味を抱かなかったので、悟空の話に耳を傾けなかった。そのため、レジックはドラゴンボールの事を余り知らなかった。
ヒサッツはレジックが返答する際、レジックの目の動きや話すスピード等に注目し、虚言を述べてドラゴンボールの事を隠そうとしていないか観察していた。そして、レジックの言葉に偽りなしと判断したヒサッツは、別の質問を投げかけた。
「それで、お前はドラゴンボールの集め方を知っているか?」
「知らん。集めたいとも思わん」
レジックはドラゴンボールの存在を快く思っていなかった。そんな物があれば、欲深い者達が競って手に入れようとし、争いの元になると考えていた。そのため、レジックの質問に吐き捨てるように答えた。
「そうか、知らんか。なら、もう用はない」
質問を終えたヒサッツは、右手を上げた。そして、その右手を、袈裟懸けに振り下ろした。次の瞬間、レジックの左肩から右のわき腹に掛けて一筋の線が出来、その線を境にレジックの体が二つに裂けた。この時点で試合は事実上、終結した。
試合の観戦者達は、目の前で何が起きたのか、すぐには理解出来なかった。ヒサッツが片手を上げたかと思うと、突然レジックの体が裂け、崩れ落ちたのである。やられたレジック本人も、何が起きたのか全く分からなかった。ヒサッツを見ていたはずが、何故か今は上空を見ており、しかも体を動かせず、生気をみるみる失っていた。しかし、不思議と痛みは感じなかった。
ヒサッツは倒れているレジックの元に歩み寄り、彼の視界に入った。ヒサッツの姿を確認すると、未だに事態を理解していないレジックは、ヒサッツに状況説明を求めた。
「貴様、お、俺の体に何をした?」
「衝撃斬。右手を高速移動させる事で空気の刃を作り、お前の体を切り裂いた」
ヒサッツの説明により、ようやく状況を飲み込めたレジック。それと同時に、自分が間も無く死ぬ事も悟った。悟空との再戦を目指し、勢い勇んで出場した武道会で彼に待っていた運命は、得体の知れない敵に殺されるという悲惨な末路だった。
「こ、この俺が・・・何も出来ずに敗れるとは・・・無念」
話し終えたレジックは、そのまま息を引き取った。ヒサッツはレジックの骸を無表情に見つめ、それから何事も無かったかのように、その場から立ち去った。観客同様、呆気に取られていた審判は、はっと我に返り、ヒサッツの勝利を宣告した。予選に続き、遂に決勝トーナメントでも死者が出てしまった。
レジックの遺体は係りの者達によって片付けられ、観客席からは次々と悲鳴が聞こえた。これまで多少行き過ぎたところがあったとはいえ、基本的には武術の力量を競う場であるはずの武道会が、公開殺人の場に転化した瞬間だった。これ以降、武道会は混迷の度を深めていく事となる。
周りの騒動など気にも留めず、自分の控え室に引き上げようと廊下を歩くヒサッツの進路を、悟空が立ちふさがった。悟空は拳を震わせ、憤怒の表情でヒサッツを睨み付けていた。
「何でレジックを殺した!?おめえ程の実力なら、殺さねえで勝つ方法は幾らでもあったはずだ!」
レジックを理由もなく殺したヒサッツに対し、悟空は怒りで頭が一杯になっていた。しかし、そんな悟空に対し、ヒサッツは事も無げに答えた。
「敵だから殺した。それだけだ。それより、お前はドラゴンボールを知っているか?」
悟空の心情を意に介さず、ヒサッツは悟空にもドラゴンボールの事を尋ねた。しかし、怒り心頭の悟空が、まともに答えるはずがなかった。
「知ってても、おめえなんかに教えてやるもんか」
悟空の発言を聞いたヒサッツは、細い目を更に細くさせて悟空を睨んだ。悟空もまた、今にも飛び掛らんばかりの戦闘態勢になったが、その時、悟空の後ろから声がした。
「止めとけ。ヒサッツを敵に回したら、間違いなく殺されるぞ」
悟空が後ろを振り向くと、ジフーミが立っていた。その結果、悟空はヒサッツとジフーミに挟まれる格好となってしまった。しかし、彼等二人が悟空に襲い掛かる気配は見られなかった。ジフーミは悟空に向けて話を続けた。
「ヒサッツはな、戦う相手を必ず殺す事にしているんだ。理由なんてねえ。単なるポリシーみたいなもんだ。そいつを敵に回すより、さっさとドラゴンボールに関して知ってる事を全て話した方が、お前の身のためだ。俺達はドラゴンボールの事を知るためだけに、この武道会に出場しているんだからな。目的が達成されれば、こんな所は、とっととおさらばよ」
ジフーミは得意気に話した。しかし、不用心に話過ぎると思ったヒサッツは、不機嫌になってきた。
「ジフーミ、少しおしゃべりが過ぎるぞ。もっと慎重に発言しろ!」
「これぐらい別にいいじゃねえか。お前は相変わらず固いな」
悟空は二人のやり取りを、冷静に観察していた。この二人は仲間のようだが、仲は良くないと悟空は思った。どちらにしても、悟空がドラゴンボールの事を、こんな怪しい二人組に話すはずがなかった。
「おめえらなんかにドラゴンボールの事を話すつもりはねえ。とっとと諦めて自分の星に帰れ」
ドラゴンボールの事を話すのを頑なに拒む悟空に、ジフーミとヒサッツは揃って苛立ったが、それなら別の人間に話を聞けばいいと思った。
「せっかく人が親切に忠告してやってるのに。後で後悔しても知らんぞ」
「話したくないのなら、話さなくてもいい。別の人間から聞き出せば、それで済む話だ。聞き出した後で、その人間は死ぬ事になるがな」
ジフーミとヒサッツは、それぞれの控え室に引き上げていった。一方、悟空は闘技場の方へと歩き出した。その際、悟空はヒサッツの事を考えていた。おそらくヒサッツは、予選の時も含めて今まで散々人を殺してきたのだろう。そして、これからも人を殺し続けるだろう。恨みでも快楽でもなく、淡々と人を殺すヒサッツが、悟空にはどうしても許せなかった。
悟空に続いてパンも闘技場に登場し、程なくして試合が開始された。しかし、これは試合と言うよりも、特訓と言う方が適切だった。悟空は自分から動かず、パンは持てる力を全て出し切るつもりで悟空に向かっていったが、容易く弾き返された。パンは倒されても、めげずに立ち上がり、悟空に挑み続けた。パンは元々、悟空に勝とうとは思っていなかった。自分がどれだけ強くなったのかを悟空に見せる事だけに終始していた。
結局、パンは一度も攻撃を当てる事が出来ず、最後は力尽きて倒れ、悟空の勝ちが宣言された。悟空は倒れているパンを抱えて控え室に連れて行き、備え付けのベッドに寝かせた。
悟空は二試合とも一度も攻撃する事なく、相手のエネルギー切れを待って、準決勝一番乗りを果たしたが、次に戦う相手にも同じやり方で勝てるとは到底思えなかった。出来ればべジータと戦う事になり、彼と今だに付いていない決着を今度こそ付けたいと悟空は願ったが、ジフーミの存在が不気味に感じられた。
我が子を傷つけられたべジータと、執拗にドラゴンボールの事を聞きたがるジフーミ。べジータはトランクスの復讐のため、ジフーミはドラゴンボールの更に詳しい情報を聞き出すため、各々自分の目的を果たすために闘技場に足を運んだ。
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