其の二十二 非情な師弟対決

悟飯とピッコロの試合は、唐突に始まった。二人が闘技場に姿を現す際、悟飯のすぐ後ろを歩いていたピッコロが、悟飯の背中を急に蹴飛ばした。蹴飛ばされた悟飯に対してピッコロは、試合開始のアナウンスを待たず、更なる追い討ちをかけた。悟飯はピッコロの猛攻に対処出来ず、ピッコロから繰り出される攻撃を受け続けた。

ピッコロの卑怯な行動に、客席からは大ブーイングが起こった。しかし、ピッコロはブーイングを歯牙にも掛けず、無我夢中で攻撃し続けた。だが、このまま終る悟飯ではなかった。ピッコロが苦手とする口笛を吹いてピッコロの動きを止めると、悟飯は一瞬で体勢を立て直し、反撃へと転じた。今度は悟飯が一心不乱に攻撃し続けた。

ピッコロは残像拳を使って悟飯の猛攻を脱し、再び攻勢へと転じた。悟飯も負けじと応戦し、悟飯とピッコロは闘技場の出入り口付近で激しく殴り合った。双方共に防御や回避を行わず、攻撃の手数を増やす事に専念していた。そのため、両者の身体の生傷が次々と増えていった。

この二人の普段の戦い方は、決して猪突猛進ではない。相手の出方を伺い、戦局を分析し、無理は極力避ける冷静沈着な戦い方である。しかし、今の二人は獣の如く、知性の片鱗も見えず、我武者羅に戦っていた。自ずと血みどろの戦いとなった。

悟飯とピッコロの異常な戦いぶりに、控え室で観戦していた仲間達は困惑していた。凄惨な戦いが続く中、この試合だけはクリーンな戦いになると予想していた彼等の期待は、見事に裏切られた。前の試合のべジータ対ジフーミよりも壮絶な戦いと言えた。

「どうしちゃったの?パパもピッコロさんも」
「あの二人って仲が良いんじゃなかったけ?あれじゃあ、まるで憎み合っている者同士の戦いのようだ」
「確かに変だ。いつもの二人らしくない」

パン、悟天、ウーブは二人の豹変が信じられず、ふと思った事を次々に口にした。あれだけ仲の良かった二人が、まるで仇敵同士の様に戦っており、彼等は観戦するのが辛かった。しかし、悟空一人は顔色一つ変えず、静かに試合を見守っていた。不審に思ったトランクスが、その理由を尋ねた。

「悟空さん、どうして平然と観ていられるのですか?もしかして、あの二人の豹変の理由を知っているのですか?」

腕を組んだまま、大人しく試合の成り行きを見守っていた悟空は、目線を変えずに、ゆっくりと話し始めた。

「あの二人は何も変わっちゃいねえ。昔通り、仲の良いままだ。もしこれが天下一武道会なら、互いに正々堂々とした戦いになっていただろう。しかし、対戦相手を殺す事が反則にならねえ宇宙一武道会では、どちらも勝つために非情にならざるを得ねえ」
「勝つために非情に?まさか、あの二人は互いを本気で殺すつもりなんですか?」

トランクスの質問に、悟空は首を横に振った。

「そうじゃねえ。この試合の勝者が次に戦う相手、つまり準決勝の相手は、レードかヒサッツのどちらかだ。どっちと戦うか今は分からねえが、どちらも化け物だ。はっきり言って、今の悟飯やピッコロじゃ勝ち目はねえ。間違いなく殺されるだろう。そして、その事を二人とも分かっている」

前の試合でウーブを圧倒したレードと、レジックを瞬殺したヒサッツ。この二人の実力は、出場選手達の中でも抜きん出ていた。幾ら修行して強くなったとは言え、悟飯やピッコロでは勝ち目が無かった。

「もしかして、あの二人は自分が勝ち進む事で、自分が犠牲になろうとしているのですか?今、戦っている相手を守るために。勝ち目が無いんだったら、戦わずに棄権すれば良いのに・・・。いや、駄目か。もし悟飯さんが勝ち上がったら、悪を前にして退く事は絶対にない。ピッコロさんだって、勝てないまでも抗って、相手の情報を少しでも引き出そうとするはずだ。後に戦う者のために」

正義感が強過ぎる悟飯は、相手が悪だったら、例え自分より遥かに強くても、臆さずに挑む。ピッコロは他人を守るため、我が身を犠牲にする傾向がある。この二人のどちらが勝ち上がっても、棄権する選択肢は無い。

「悟飯はピッコロを、ピッコロは悟飯を、それぞれ大事に思っている。自分自身よりもな。だから、その大事な人を守るために、あんなに必死になって戦っているんだ。でも、そのために、その大事な人を倒さなければならねえ。多分、殴られているよりも殴っている方が痛いはずだ」
「何て悲しい戦いなんだ。戦う側にとっても、観る側にとっても辛過ぎる戦いだ」

ようやく二人が豹変した理由を知った一同。二人の関係が変わっていない事に安堵する一方、自己犠牲の覚悟で戦う両者を哀れに思った。そして、どちらが勝つにせよ、試合が無事に終ってくれる事を願った。

「あの二人、泣いてるみたい」

悟空の話を聞いていたパンは、再びモニターに目を向け、思わず呟いた。実際は悟飯もピッコロも涙を流していないが、パンは二人が戦いながら泣いている様に見えた。

悟飯とピッコロの戦いは、更に激しさを増していった。既に両者の身体は傷だらけだが、お互い戦いを止めるつもりはなかった。絶対に勝たなければならないという使命感を背負っている二人は、疲れたからといって攻撃の手を緩める事は絶対になかった。

悟飯の額から流れた血が、悟飯の右目に入った。急に視界が遮られ、悟飯が一瞬怯んだ隙に、ピッコロは素早く悟飯の背後に回りこみ、悟飯を羽交い絞めにした。悟飯は必死に藻掻いたが、そこから抜け出す事が出来なかった。そして、悟飯の抵抗が弱まるのを見計らったピッコロは、この試合で初めて口を開いた。

「降参しろ、悟飯。お前は既に分かっているはずだ。この試合に勝てば、次の試合で間違いなく殺される事を。俺はお前を死なせたくない。後でドラゴンボールで蘇らせる事が出来るとしても、俺はお前が殺されるところなど見たくはない」

ピッコロにとって、悟飯は単なる弟子ではない。実子のいないピッコロにとって悟飯は、唯一の子供であり、戦友であり、この世で最も掛け替えのない存在だった。悟飯を失う事は、自分が百回死ぬよりも遥かに辛い事だった。

必死に悟飯を説得するピッコロ。しかし、ピッコロを何が何でも守らなければと考えている悟飯が、それに応じるはずがなかった。首を思いっきり後ろに振ってピッコロの顔面に後頭部をぶつけ、痛みでピッコロの腕の締め付けが緩むと、今度はピッコロの腹部に右肘を当て、素早くピッコロから離れた。そして、向き合った。

「ピッコロさんは今まで俺を何度も守ってくれました。今度は俺がピッコロさんを守る番です。あの時の思いを二度と味わいたくはない。降参して下さい、ピッコロさん」

思いの丈をぶつける悟飯。悟飯が言う「あの時」とは、彼が五歳の時にサイヤ人が地球に来襲した時である。あの時、悟飯を守ってピッコロは死んでしまった。悟飯はピッコロが死んでしまった原因は、自分の未熟さのせいだとし、激しく悔やんだ。その後、ピッコロは生き返ったが、過去の記憶は消えない。あの時の光景は、今でも悟飯の脳裏に鮮明に焼きついていた。

あの時、ピッコロを救えなかった自分に強い憤りを感じていた悟飯は、再びピッコロが危機に陥った時、今度は身を呈してピッコロを助けたいと常々思っていた。もうあの時の未熟な子供ではない。経験と実力を蓄えた大人の戦士である。何時でもピッコロを助けられるという自負と、助けなければならないという責任を背負った悟飯は、今こそ恩に報いる時だと思っていた。悟飯の立場上、絶対に負けられない一戦だった。

悟飯にとって、ピッコロは単なる師匠ではない。ピッコロは悟飯のもう一人の父親であり、憧れの人であり、最も尊敬する人物だった。ピッコロを死なせる事は、我が身が切り裂かれるよりも遥かに耐え難かった。

当然の事ながら、ピッコロが降参するはずなかった。お互いの説得が失敗に終ったところで、双方構え、再び激しい戦闘を繰り広げた。しかし、先程までの様な攻撃に特化した戦いではなかった。お互い思っている事を相手にぶつけた後だけに、幾分気持ちがすっきりしていた。落ち着きを取り戻した二人は、今度は防御や回避を多く取り込み、必要に応じて使い分け、その結果、両者とも攻撃が当たり難くなった。

冷静さを取り戻したピッコロは、戦況を分析した。このまま戦いを続ければ、どちらが勝つか分からない。自分が確実に勝つためには、ある覚悟が必要だと思った。

ピッコロは悟飯から離れると、左手で右手を握り締め、右手に気を集中させた。見たことのない構えに、悟飯はどう対処していいか分からず、警戒を解かずに構えたままピッコロの次の手を待った。一方、ピッコロの構えを見て、これまで冷静に試合を観ていた悟空の表情が一変した。

「ピッコロの奴、まさか本気で悟飯を殺すつもりか?」

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