其の二十三 犠牲となる者

悟空の発言に、周りの者達が敏感に反応した。

「悟空さん。一体どういう意味ですか?ピッコロさんが悟飯さんを殺すというのは?」
「やだなあ父さん。ピッコロさんが兄ちゃんを殺すはずないじゃない。冗談だよね?」
「ピッコロさんは、これから何をするつもりですか?あの構えに、どんな意味が?」

ウーブ、悟天、トランクスから矢継ぎ早に質問された悟空は、一時考えた後に答えた。

「ピッコロがこれからやろうとしているのは、あいつの新しい必殺技だ。あいつはこれまで、その技を使って何人もの強敵達を一撃で倒してきたんだ。はっきり言って、とんでもねえ技だ。自分より遥かに戦闘力が上の相手でさえ、一瞬で倒したんだからな」

悟空の話を聞き、途端に悟飯の命が心配になった一同。普段のピッコロなら、絶対に悟飯に危害を及ぼす事はないが、今の熱くなり過ぎているピッコロなら、どうするか分からない。今は事の成り行きを見守る他なかった。

遂に右手に気を溜め終えたピッコロは、右腕を下に降ろした。そして、右腕を高速で上げた。

「神魔光裂斬!」

右手から気の波が悟飯に向けて放出され、悟飯の身体をすり抜けていった。次の瞬間、悟飯の左腕が生え際より胴体から離れ、背後に吹き飛ばされた。悟飯は左腕を切断された瞬間には痛みを感じなかったが、後になって激痛を引き起こした。悟飯は右手で左肩を押さえ、その場にうずくまった。

控え室で試合を観戦していた仲間達は、ピッコロの取った行動が信じられなかった。例の如く、チチはその場で卒倒した。

「ピ、ピッコロの奴、何て事を・・・。もう悟飯の事が可愛くないのか!?」
「ピッコロの奴、本気で悟飯を殺すつもりだ。もしかして昔のピッコロに戻ってしまったのか!?」

クリリン、ヤムチャはピッコロに強い不信感を抱いた。しかし、悟空は逆に安堵の溜息を吐いた。そして、先の彼等の発言を否定した。

「ピッコロは悟飯を殺そうなんて、これっぽちも考えてねえ。殺すつもりなら、今の一撃で殺す事が出来た。腕一本を切断するのに留めたのは、悟飯の戦意を喪失させて、降参させるためだ」
「でも、パパの腕が、パパの腕が切られちゃったんだよ!」

パンにしてみれば、父親が殺される事は元より、腕一本失うだけでも重大事だった。しかし、悟空は優しく微笑み、困惑するパンを慰めた。

「心配いらねえ。切断された腕の切り口を、胴体の切断された箇所に付けた状態で仙豆を食えば、腕はくっ付く。ただし、それは試合が終ってからでないと出来ねえ。この試合、片腕の悟飯に勝ち目はねえ」

悟空の言葉通り、形勢は一気に悟飯が不利になった。これまで互角の展開だったのは、悟飯が五体満足だったからなのは言うまでもない。腕を失った事で、悟飯はバランスを失い、絶望的な状況へと追い込まれた。

「さあ降参しろ、悟飯。左腕を失ったお前は、最早どうする事も出来ん」

ピッコロは既に勝利を確信していた。そして、この辛い戦いを一刻も早く終わらせたかった。しかし、悟飯はまだ勝負を諦めてはいなかった。ピッコロの降参勧告には応じず、再び構え、戦いを継続する姿勢を見せた。

「さすがです、ピッコロさん。あんな凄い技を出すなんて。でも、俺はまだ戦えます」

悟飯は痛みに堪え、必死に笑顔を作って話した。この悟飯の態度は、ピッコロにとって頼もしくもあり、そして辛かった。だが、悟飯が戦うつもりならば、自分はそれに応じなければならない。再び神魔光裂斬を放ち、今度は悟飯の右腕を切断し、勝負を決めると決意した。ピッコロは再び右手を左手で握り締め、気を溜め始めた。

ピッコロは神魔光裂斬を放った。ところが、ピッコロが技を出す直前、悟飯は斜め上に飛び上がったので、二度目の神魔光裂斬は空しく空を切った。そして、大技を出した直後で隙だらけだったピッコロに向け、悟飯は片手でかめはめ波を放った。隙を突かれたピッコロは、どうする事も出来ず、かめはめ波の直撃を受けた。

かめはめ波を喰らって大ダメージを受け、倒れたピッコロだったが、何とか立ち上がって構えた。もし悟飯が万全の状態で放ったかめはめ波なら、これで勝負は決まっていた。決められなかったのは、それだけ悟飯のダメージが大きい事を示していた。

「さすがだな、悟飯。一度見ただけで神魔光裂斬を見切ってしまうとは。それに、今のかめはめ波を打つタイミングも見事だった。だが、この俺に同じ手は通用しないぞ」

ピッコロも笑顔で接した。それは悟飯の機転を賞賛した笑顔だった。かめはめ波によって悟飯は、絶望的な状況から一転して互角の状況へと持ち直した。両者構えながら、必死に戦局を分析していた。

ピッコロの神魔光裂斬は既に悟飯によって見切られ、もはや通用しない。また、悟飯のかめはめ波も同じ手は通じない。技で相手を倒す事が出来ない以上、最後は体と体のぶつかり合いで決着を付けるしかない。悟飯とピッコロは、最後の力を振り絞って相手に向かっていった。

またもや血みどろの戦いが行われた。片腕の悟飯は、防御を完全に捨て、攻撃に専念した。一方のピッコロは、攻撃と防御を織り交ぜて戦いに挑んだ。両腕がある分、ピッコロに分があるように思われがちだが、ここでは必ずしもそうではなかった。ダメージはピッコロの方が大きいので、動きが鈍かった。それでも攻撃を当てる回数はピッコロの方が多かったが、一撃一撃の攻撃の重さは悟飯の方が上だった。

悟飯の気迫に満ちた攻撃は、ピッコロを徐々に追い詰めていった。やがて悟飯に触発される形でピッコロも防御を捨て、お互い攻撃のみで戦うようになった。再び開始直後の試合展開に戻ったが、既に双方とも満身創痍なので、最初の頃の勢いは失われていた。それでも戦いは終らなかった。

悟飯もピッコロも、肉体の限界を超えて戦い続けた。当初は相手を守るための戦いだったが、今の二人の頭の中は完全に真っ白だった。戦っている相手が誰なのかも分からず、どうして自分がこんな苦しい思いをしてまで戦っているのかも分からず、ただ目の前にいる何者かを倒す事のみに専念して戦っていた。

二人の戦いに引き込まれるように、べジータが控え室に戻ってきた。そして、すぐに試合に目が釘付けになった。チチも意識を取り戻し、息子の戦いを見守った。仲間達全員が注目する中、遂に決着の時を迎えた。

双方の出した拳が、それぞれ相手の顔面を捉え、二人揃って倒れた。しかし、両者共に自分の持つ全ての力を出し、不屈の精神で立ち上がろうとした。悟飯は何とか立ち上がれたが、ピッコロは途中で力尽きた。ピッコロには立ち上がる力が残っていないと見なされ、悟飯の勝利が宣言された。ようやく死闘は幕を閉じた。

自分の勝利を告げるアナウンスを聞いた悟飯は、安心してその場に倒れ、気を失った。すぐさま悟空、悟天、パンが駆けつけ、ピッコロを悟空が、悟飯を悟天が、悟飯の切断された腕をパンがそれぞれ抱え、控え室へと引き返した。

仙豆のお陰で、悟飯の腕は接着し、腕は以前と同じように動かせた。ピッコロも仙豆によって傷が完治した。決着は付いたが、控え室内の誰一人として心は晴れなかった。仲間同士の戦いがようやく終ったものの、その次の試合の事を考えると、喜ばしい事は何一つ無いからである。

特にピッコロの気分は、かなり沈んでいた。負けたからではない。次の試合で、悟飯が殺されるのを観るかもしれないからである。出来る事なら自分が替わりたかった。

悟飯の気分も沈んでいた。次の試合で殺されるかもしれないからではない。殺される覚悟は既に出来ている。悟飯にとって心苦しいのは、ピッコロが自分の事を本当に心配しているからである。出来る事ならピッコロを悲しませたくなかった。

悟空達が皆、控え室で暗い表情の最中、闘技場に向かって準々決勝の最後の試合を行うべく、レードとヒサッツが向かっていた。どちらも絶対の自信と誇りを胸に秘め、相手を仕留めるつもりで闘技場に登場した。

悟空達全員がこれから戦う二人に注目した。ピッコロは相討ちを強く望んでいた。悟飯は二人の弱点を見つけようとしてした。準決勝の自分の勝利がほぼ絶望的な事は分かっているが、それなら自分と戦う相手は勝利を確信し、悟飯を甘く見るかもしれない。その時に相手の嫌がる箇所を攻めれば、自分の勝利する可能性があるかもしれない、と悟飯は考えていた。ほとんど勝ち目が無くても、悟飯は勝利を諦めていなかった。

未だ真の実力を見せていないレードとヒサッツ。二人の実力が明らかにされる瞬間が目前に迫っていた。

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