「こ、ここは・・・?」
試合に敗れ傷ついた悟空を、悟飯が控え室まで抱えて戻り、ベッドの上に寝かせ、仙豆を食べさせた。他の仲間達は心配した面持ちでベッドの周囲に集まり、悟空の様子を見守っていた。回復して目を覚ました悟空だったが、当初は自分が何処にいるのかすら分からなかった。
「良かった。気がついた。大丈夫?お爺ちゃん」
「パ、パン?あれ?何でオラが控え室にいるんだ?闘技場で闘っていたはずなのに・・・」
パンは悟空が目を覚ましたので安心し、真っ先に悟空に声を掛けた。だが当の悟空は、未だ状況が飲み込めていなかった。悟空は立ち上がって額に手をやりながら、思い出そうとしていた。
「そうだ。確か元気玉を破られて、その元気玉が爆発して、それから・・・何だっけ?」
徐々に記憶を呼び覚ましていく悟空だが、爆発に巻き込まれた以降の事は思い出せなかった。爆発に飲み込まれた悟空は、その時の衝撃で気を失い、その後に何が起きたのかを全く知らずにいた。仲間達は彼に辛い事実を伝えねばならないのだが、なかなか言い出し難かった。
「負けだ。貴様のな。全く、ジフーミの秘密を解明したくせに敗れるとはな。貴様には失望した」
「そうか・・・。やっぱオラ負けたのか」
ベジータは苦々しげに言い放った。悟空は皆の表情から、ある程度の試合の結果を予想していたが、改めて現実を知らされると、やはりショックは大きかった。
「しかし、元気玉が敗れるとは未だに信じられません。ジフーミのあの技は一体何なのか、悟空さんは分かりましたか?」
傷心の悟空に対するベジータの心無い発言で、二人の関係が急速に悪化する事を危惧したトランクスは、とっさに話題を切り替えた。悟空はベジータからトランクスに視線を移して語り始めた。
「ジフーミのあの最終砲とかいう技は、体中の全てのエネルギーを一気に放出する技だ。他の人間に出来る芸当じゃねえ。すれば間違いなく死ぬからだ。エネルギーがすぐに完全回復する奴だからこそ出来た技だ」
悟空はジフーミが最終砲を出した時の事を鮮明に覚えていた。全てのエネルギーを放出したジフーミは、一瞬痩せ細ったが、すぐに体もエネルギーも回復した。
「つまり最終砲という技は、一種の自爆技か。でも、自爆は分散するのに対し、最終砲は一点に集中していた。攻撃範囲を狭めた分、自爆よりも数倍威力が上という事か」
横で話を聞いていた悟天は、珍しく知的に技の分析をした。しばらく見ない間に息子も成長したな、と悟空は力なく笑いながら答えた。
「その通りだ。言い訳するつもりはねえが、総合的な力は元気玉の方が遥かに上だ。でも、一点における力は最終砲の方が上だった。だから元気玉は破られたんだ」
最終砲の正体が分かったからといって、元気玉が破られた悔しさに変わりはない。しかし、気落ちしている場合ではなかった。真っ先に心配せねばならない事は、次の試合を控えている悟飯である。今度は悟飯に目を向けた悟空は、前から彼に言おうと思っていた事を口にした。
「試合を棄権しろ、悟飯。おめえじゃ、あの二人に勝てねえ。殺されちまうぞ」
「悟空の言う通りだ、悟飯。試合放棄するんだ。お前が試合を投げ出しても、誰もお前の事を臆病者とは思わんし、誰にも迷惑は掛からん」
悟空と彼に同調したピッコロが、悟飯に棄権を促した。レードが敗れたので、セモークの三兄弟が処刑される事はなくなった。また、試合放棄して仲間達全員で地球に帰っても、リシパの星が滅ぼされる事もなくなった。仮にジフーミ達が悟空達を追い掛けようとしても、惑星レードから遠く離れた地球まで来れるはずがない。以上の事を踏まえ、ピッコロは悟飯に試合に出ない事を勧めた。
敬愛する二人に説得された悟飯は、天を仰ぎ、ゆっくりと話し始めた。
「分かりました。棄権します。決勝戦をね。準決勝は出ます」
悟空を含めた仲間達は、悟飯の発言に思わず唖然とした。こんな時に悟飯が冗談を言っていると思った者さえいたが、悟飯は至って真面目だった。
「確かに俺ではジフーミに勝てません。でも、ヒサッツは別です。あいつなら俺でも勝てます」
「馬鹿言え!ヒサッツは、あのレードすら破った男だぞ。お前が敵う相手ではない!」
悟飯の真意が読み取れないピッコロは、尚も説得を試みるが、悟飯には勝算があった。
「確かにヒサッツはレードに勝ちました。でも、それは決して楽に勝てたわけじゃありません。大怪我を負いながら辛うじて勝つという辛勝でした。なので今の傷ついたヒサッツなら、俺でも充分勝つ事が出来るというわけです」
悟飯の言葉に一同は思わず唸った。ヒサッツは試合後、歩いて控え室に戻る事も出来ないほど重傷を負っていた。レードが敗れた事に目が奪われていたピッコロ達だったが、悟飯だけはヒサッツを良く見ていた。
「俺がヒサッツを倒してみせます。そして、決勝では父さんとベジータさんが、俺の代わりに出て下さい。二人がフュージョンをすれば、絶対にジフーミに勝てます。もう武道会のルールなんて関係ありません。それに、あの二人は余りにも危険です。今ここで倒しておかないと、この先どれだけ大勢の人が、あいつ等に殺されるか分かりません」
悟飯の発言は、他の者達にとっては正に青天の霹靂だった。悟空が破れた事で絶望の淵にいた控え室の面々だったが、悟飯のお陰で一筋の光明を見出した。しかし、ピッコロにはまだ不安があった。
「それはヒサッツが今でも傷ついているという前提があってこそだ。俺達が仙豆で回復しているように、奴も何らかの方法で回復しているかもしれんぞ。ヒサッツが万全の状態で出てきたら、どうする気だ?」
「その時は、試合開始早々に床を叩いて棄権します。例えジフーミとヒサッツの二人を同時に相手にする事になったとしても、父さん達がフュージョンすれば勝てます」
ヒサッツが回復した状態で試合に出てきたら、悟飯が即座に試合を棄権する。そうすれば悟飯は殺されずに済む。これは臆病なんかでは決してない。勇敢と無謀は違う。勝ち目の無い相手に果敢に挑んで無駄に命を散らすより、撤退して別の手段を取る。悟飯はヒサッツ達を倒す戦略と、自分自身の危険を回避する方法まで考えていた。
悟飯の言葉は、自信を失いかけていた悟空を再び奮い立たせた。これ以降、悟飯の考えに異を唱える者は出てこず、悟空とベジータは悟飯の作戦に従って行動する事を互いに誓い合った。悟空もベジータも、ジフーミには憎々しい感情を抱いていた。二人とも早くリベンジマッチがしたいと、今から闘志を滾らせていた。
その頃、決勝進出を果たしたジフーミは、ヒサッツの控え室を訪れていた。レードとの対戦で傷ついたヒサッツは、全身の半分以上を包帯に巻かれ、備え付けのベッドの上で眠っていた。しかし、ジフーミが来た時の物音で目を覚ました。
「ジ、ジフーミか。ドラゴンボールの探し方は分かったのか?」
ヒサッツは先の悟空とジフーミの試合を観ず、ずっと眠っていた。試合経過を知らないのでジフーミに質問したが、ジフーミは何も答えずに首を横に振った。
「こ、これだから、お前は頼りにならんのだ。や、やはり俺じゃないと駄目か」
ヒサッツは力を振り絞って立ち上がろうとしたが、すぐにバランスを崩してベッドの上に倒れた。
「おいおい、無理すんな。そんな体で闘えるわけないだろう。お前に、もしもの事があったら、俺がジュオウ様に叱られるだろ。俺に任せて、お前は寝てろ」
ヒサッツの心配よりも、自分が叱られる事の方を心配するジフーミ。そんなジフーミを尻目にヒサッツは再度立ち上がろうとし、壁に寄りかかりながら何とか立ち上がった。
「お前に任せておけるか。この体で闘うのは確かに厳しい。だが、この状況を利用して、奴等からドラゴンボールの探し方を聞き出してやる」
程なくして悟飯とヒサッツの登場を促す館内放送が流れた。ヒサッツは少しでも力を温存するために、対戦相手である悟飯に見られるのも構わず、闘技場の出入り口までジフーミに抱えられながら歩いた。
悟飯は信念を、ヒサッツは思惑を、それぞれ胸に抱いて闘技場に登場した。
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