対峙したパンとテキーム。パンは真剣な眼差しなのに対し、テキームは微笑を浮かべていた。テキームが肉体を駆使して闘うのは生まれて初めてだが、「こんな奴に自分が負けるはずがない」と言ってパンを軽んじていた。
「馬鹿な小娘だ。折角助かったのに、わざわざ殺されに戻ってくるとはな」
「小娘ですって!?私にはパンという名前があるの!」
「お前の名前など知った事か。目障りだ。一瞬で片付けてや・・・」
テキームが話し終える前にパンが飛び掛かり、テキームは避ける間も無く殴り飛ばされた。地面に倒れ伏したテキームは左の頬に激痛が走り、両手で左の頬を押さえながら立ち上がった。
「痛いでしょ?それが痛みというものよ。あんたが今まで決して味わえなかったものよ。これから嫌というほど味あわせてあげるわ」
パンは再びテキームに飛び掛かり、激しい攻撃を与え続けた。これまで肉弾戦を経験した事が無いテキームは、どう避ければ良いのかすら分からず、パンが繰り出す攻撃は全て命中した。パンが攻撃を止めると、テキームは痛みに耐え切れず再度倒れた。
「ば、馬鹿な。こ、この私が、あんな奴に・・・」
テキームは初めて体験する危機に愕然としていた。これまでの闘いでは全て一方的に相手を倒してきたテキームは、自分に勝てる者など絶対に存在しないと自負していた。そんなテキームが今、目の前に立つ少女一人に翻弄されている。テキームにとっては耐え難い屈辱だった。
一方のパンは拍子抜けしていた。待ちに待った自分が活躍する機会だというのに、相手が余りにも弱過ぎたからである。
「ちょっとあんた!その程度の実力しか無いの!?こんなに弱いとは思わなかったわ」
「おのれー!調子に乗りおって!」
激怒したテキームは立ち上がって邪気玉を作り始めた。ところが、それを観たパンはテキームに向けて気功波を放ち、気功波はテキームに命中した。そのせいで邪気玉は完成前に四散した。
「あんたの邪気玉が無敵だったのは、さっきまでの話よ。今だったら完成前に食い止められるから、怖くも何ともないわ」
これまで邪気玉に対して打つ手が無かったのは、作成途中に妨害出来ないからであった。しかし、今ではテキームを攻撃すれば簡単に妨害出来るので、完全無欠の必殺技ではなくなっていた。自慢の必殺技を封じられ、テキームは初めて恐怖を覚えた。
「今のあんたが私に勝つ方法は、たった一つしかないわ。それは私を殴り倒す事よ。もっとも小娘と殴り合う勇気があればの話だけどね」
「わ、私を舐めるな!」
自尊心を傷つけられたテキームは、恐怖を振り払ってパンに攻撃を仕掛けた。テキームの繰り出した右のパンチがパンの顎に当たり、パンは後ずさりした。
「何よ、やれば出来るじゃない」
パンは唇から染み出た血を右手の甲で拭い去ると、お返しとばかりにテキームの顎を殴った。パンは続けてテキームの腹を飛び蹴りした。テキームは悶え苦しんだ。
「何故だ?どうして私はお前に勝てない?」
テキームは歯痒さを覚えながらも、パンに問い掛けた。
「闘いっていうのはね、傷付き、場合によっては死ぬるかもしれない。私達は闘いに身を投じても、最後まで生き残るために日々修行している。あんたみたいに何の努力もせず、傷つく事すら恐れるような臆病者に私が負けるはずないでしょ!さあ,、立ちなさい!まだやれるんでしょ?」
テキームは観念した。最早この勝負に勝ち目は無い。しかし、自分だって親衛隊としての誇りがある。命乞いしてまで、この場を生き延びようとは思わなかった。仮に生き延びたとしても、無敵の体を失い、存在価値の無くなった自分は親衛隊に居場所が無い。ならば最後まで堂々と戦い、華々しく散る覚悟を決めた。決意を固めたテキームは力を振り絞って立ち上がり、決戦に望んだ。
「行くぞ!パン!」
「来なさい!」
テキームはパンに闘いを挑んだが、もはや勝敗は明白だった。テキームは散々打ち据えられ、最後はパンが放ったかめはめ波で呆気なく消滅した。テキームが敗れたのを見るや否や、後方に控えていた彼の兵士達は一目散に逃げ出した。そんな情けない兵士達には目もくれず、パンは悟空の元に駆け寄った。
「大丈夫?お爺ちゃん」
「ああ。それにしても見事だったぞ、パン」
パンは続けて倒れている仲間一人一人を介抱した。全員重傷ではあったが、誰一人死んでいなかった。パンがテキームを倒した事を聞くと仲間達は安心し、幾分元気になった。ただセモークの三兄弟だけは、テキームの死に様を見れなくて悔しがった。
闘いは終わったが、パン以外はダメージが大き過ぎて立ち上がれず、その場に座り込んだまま動けなかった。そんな折、キビト界王神が瞬間移動で再び悟空達の前に現れた。彼の表情には先程までの険しさは無く、久方ぶりに笑顔が戻っていた。
「やりましたね!まさか絶対に勝てないと思っていたテキームに勝つとは!やはりあなた方は只者ではなかった!」
テキームとの対戦前、あれだけ闘う事に反対していたキビト界王神が、予想を覆して悟空達が勝利を収めると、あっさりと態度を豹変させた。その掌返しに悟空達は呆れたが、そんな事よりも彼等はピッコロが気掛かりだった。
「なあ界王神様。ピッコロの奴、テキームの体を変えるために地球のドラゴンボールを使ったんだろ?」
「え、ええ実はそうなんですが・・・」
キビト界王神は突然言いよどんだ。その態度で、悟空達はピッコロの身に何かが起こったと瞬時に悟った。
テキームを実体化させるためには、ドラゴンボールを使う以外に方法は無い。そこまでは悟空達にも推測出来た。ただし、神龍が体の構造を変えられる対象者は、ドラゴンボールの製作者より力の弱い者に限られる。先代の神が悪と分離する前に作ったドラゴンボールは唯一の例外だが、それはもう存在しない。デンデは戦士型のナメック星人ではないので、幾らテキームが非力でも、デンデよりは上の実力の持ち主だった。
そもそもドラゴンボールを使うだけなら、わざわざピッコロが地球に行かなくても、キビト界王神に伝言を頼むなり、デンデにテレパシーで伝えるなり出来たはずである。悟空達の中では最も自分を犠牲にしがちなピッコロが、何故危険な戦場から離れたのか。悟空達はピッコロの行動の裏に何か重要な意味が隠されている気がしてきた。
「もしかしてピッコロさんは、ドラゴンボールをパワーアップさせるためにデンデと合体したんじゃ・・・」
悟空達、特に悟飯はピッコロの事が急に心配になってきた。ピッコロの事を考えると居ても立っても居られなくなった彼等は、早く自分達を地球に連れて行くようキビト界王神に懇願した。キビト界王神は了解し、直ちに悟空達を連れて地球に移動しようとしたが、何故かセモークの三兄弟は付いて行こうとはしなかった。
「何してるんだ?早く来いよ。地球に行けば傷の回復も出来るぞ」
悟空はセモークの三兄弟に地球に来るよう誘ったが、彼等は首を縦に振らなかった。
「我々は地球には行かない。惑星セモークでも傷は治せるし、それよりも我々は魔界に残ってしなければならない事がある。現在この星には千人ばかりの同士がいるが、他の星にも隠れ住んでいる者がいるはずだ。我々は彼等を集めてジュオウと徹底抗戦する。お前達の闘いを観ていると、それが出来そうな気がしてきた。出来れば親衛隊の一人ぐらいは我等の手で仕留めたい。ここでお別れだ」
「・・・そうか。頑張れよ。お前達なら出来るはずだ」
セモークの三兄弟の表情は三人とも実に晴れやかだった。悟空達はこれ以上何も言わず、彼等と握手をして別れた。こうして悟空達はドラゴンボール集めを一時中断して久し振りに地球に帰る事となったが、地球でも激しい戦闘に巻き込まれるとは、この時点では予想だにしていなかった。
コメント