悟飯とヒサッツは、激しく睨み合った。その悟飯の背に向けて、パンが叫んだ。
「パパ!早くヒサッツを倒して!そうしないと、お爺ちゃんとベジータさんが死んじゃうの。二人はヒサッツの技を喰らったせいで、呪われてしまったの。呪いの元であるヒサッツを倒さないと、二人は呪い殺されてしまうのよ」
パンの話を背中越しに聞いていた悟飯は、ヒサッツを睨んだままパンに対して話した。
「パン。それはヒサッツの嘘だ。もし二人が、本当にそんな技を喰らっていたら、徐々に気が減っていくはずだ。しかし、二人の気は先程から変わっていない。おそらくそれは、父さん達を逃さないためのヒサッツの策略だ。そう言っておけば、ピッコロさん達が遮二無二ヒサッツに向かってくるとヒサッツは思ったんだろう」
悟飯は続けて、ヒサッツに話し掛けた。
「俺の推理は、何処か間違っているか?ヒサッツ」
「いや、完璧な答えだ。孫悟空達を回復させてしまうと、後々面倒になると思ったんでな。それに、ピッコロ達に逃げられるより攻めてこられる方が、こちらとしては殺しやすかったからな」
「人の心を弄びやがって・・・。つくづく見下げ果てた奴だ」
悟飯はヒサッツに対する憎悪の念を募らせた。
意を決した悟飯は、ヒサッツの手が届く所まで歩み寄ると、目にも止まらぬスピードでヒサッツの腹部を殴った。ヒサッツは決して油断していたわけではなかったが、悟飯の攻撃を見切れなかった。ヒサッツが悟飯に反撃を試みるも、悟飯に素早く避けられ、続けて繰り出された悟飯の第二撃を顎に喰らった。ヒサッツは二回の攻撃を喰らっただけで、足元がふらつくほどのダメージを受けた。
「な、何てスピードとパワーだ・・・。完全に俺を上回っている」
ヒサッツは悟飯の一連の攻撃で、彼が自分を大きく超えていると早くも悟った。まともに戦ったのでは分が悪いと判断したヒサッツは、素早く動いて自分の残像を何体も作った。そして、それぞれの残像が、一斉に悟飯に襲い掛かった。武道会のレード戦でヒサッツが見せた魔幻拳だった。ところが、悟飯は一切動じず、ヒサッツの残像達の攻撃が自分に届く前に、全ての残像とヒサッツに攻撃を浴びせた。残像達は消え、ヒサッツだけが殴り飛ばされた。
「くそっ!これならどうだ!」
ヒサッツは右手から気功波を出した。気功波は悟飯に真っ直ぐ向かわず、ジグザグに動きながら進んでいった。それは以前レードに対して放った蛇行波だった。しかし、悟飯は落ち着いた様子で蛇行波の軌道を見、蛇行波が自分の体に届く前に気合で蛇行波を消し去った。
「おのれ!だったらこれでどうだ!」
ヒサッツは両手を前に上げたが、悟飯には何の変化も無かった。ヒサッツは実はデスマジックを放っていたが、悟飯には全く通じていなかった。得意技が悉く通じないので、ヒサッツは愕然となった。
ヒサッツの攻撃が止まると、今度は悟飯が攻め掛かった。しかし、ヒサッツが自分の尻を向かってくる悟飯に向けると、尻尾の蛇が悟飯を噛み付こうと大口開けて襲い掛かった。そのため悟飯は突撃を止め、回避に専念せざるを得なかった。ところが、何度かわされても蛇は執念深く襲ってくるため、悟飯は一旦ヒサッツから距離を置いた。
「ちっ。あの蛇が邪魔で、一気にヒサッツを攻撃出来ない」
さすがの悟飯も、ヒサッツの尻尾の蛇には逃げ回らざるを得なかった。一方、悟飯の攻撃を止めたヒサッツは、内心苛立ちを禁じ得なかった。悟飯が警戒せずにヒサッツに攻め掛かっていれば、ヒサッツの尻尾の蛇に嚙まれ、蛇の毒で命を奪われていただろう。しかし、悟飯は己が圧倒的に有利な状況でも、ヒサッツの行動一つ一つを注視し、全く気を抜いてはいなかった。
悟飯達が戦っている一方で、悟空達は起き上がって戦いの行方を見守っていた。悟空達は誰一人として表情に不安は無く、悟飯の成長を喜んだり驚いたりしていた。
「すげえぞ、悟飯。完全にヒサッツを上回っている。しかも、実力の半分も使っちゃいねえ」
「ちっ。やっとカカロットに追いついたと思ったら、その息子が突き放しやがった」
「良いぞ、悟飯。これなら安心して見ていられる。あいつ、ゴジータすら超えたかもしれんな」
悟飯はヒサッツの尻尾の動きに注意しながら、少しずつヒサッツに攻撃していた。攻撃を受け続けたヒサッツは、ダメージが大きくなって片膝を付くと、悟飯が待ってましたとばかりにヒサッツを蹴飛ばした。蹴飛ばされたヒサッツは背後の岩山に叩きつけられ、その衝撃で崩れ落ちた岩の下敷きになりながらも、挽回の策を必死になって考えていた。
「ハアハア・・・。孫悟飯は強い上に隙が無い。奴を倒すには弱点を突かないと・・・。しかし、奴自身に弱点は無い」
悟飯自身に付け入る隙が無いので、ヒサッツは瞬間移動で逃げ出そうと考えた。しかし、ある事に気付いたヒサッツは、その考えを思い止まった。そして、悟飯から姿が見られていない現在の状況を利用して、自分の尻尾を根元から引っこ抜いた。尻尾の蛇は悟飯に気付かれないように岩の隙間から這い出て、ある場所に向かった。
蛇の事など知る由もない悟飯は、衝撃波で岩を吹き飛ばしてヒサッツを露呈させた。ヒサッツの姿を確認した悟飯は、彼の元に近付いて話し掛けた。
「ずっと岩の下に隠れて、逃げ出すチャンスでも狙っていたのか?」
「孫悟飯。確かにお前は強い。俺よりも遥かにな。しかし、勝負とは強さだけで決まるのではない。俺には、お前との実力差を埋める頭脳がある。この戦い、俺の勝ちだ!」
「ヒサッツ、一体何を企んでいる?・・・待てよ。貴様、尻尾はどうした?」
ヒサッツの尻尾が無くなっている事に早くも気付いた悟飯だったが、その時に背後から「キャー!」という女性の悲鳴が聞こえた。悟飯が後ろを振り向くと、パンの体に銀色の蛇に巻きついていた。そして、蛇はパンの首筋に今にも噛み付こうと大口を開けていた。
「あ、あれはまさか、ヒサッツの尻尾の蛇!?取り外しが出来たのか・・・」
「その通りだ。あの蛇の毒の威力は、当然お前も知っていよう。あの蛇の毒には、レードですら一分もたなかった。あの娘が噛まれれば、間違いなく即死だろう」
「ごめんなさい、パパ」
パンは悟飯の戦いに気を取られて、接近してくる蛇の存在に全く気付いていなかった。それは悟空達も同様だった。気付いた時には、蛇は既にパンの体に巻きついた後だった。彼等は悟飯の戦いに舞い上がって、すっかり油断していた。
パンを助けるために、急いでパンの元に駆けつけようとした悟飯だったが、ヒサッツが制止した。
「おっと。お前が一歩でも動いたら、あの蛇は瞬く間に噛み付くぞ。あの蛇は俺の尻尾だけに、俺と以心伝心が出来るんだ。あの娘は、お前の子供だろ?我が子を見殺しには出来まい」
「き、汚いぞ・・・。貴様」
「汚い?殺し合いに汚いもくそもあるものか。どんな手段を使ってでも勝てばいいのだ」
パンは両腕を蛇に縛られて身動き出来なかった。見かねた悟空がパンの元に駆け寄ろうとしたが、ヒサッツが悟空に対して大声で叫んだ。
「孫悟飯に限らず、お前達の誰かが一歩でも動いても、その蛇は直ちに娘に噛み付くぞ!瞬間移動を使っても同じだ!気功波の類で素早く蛇だけ殺そうとしても無駄だぞ!その蛇は、お前達の想像以上に素早いのでな!下手に攻撃しても、蛇は素早く移動し、傷つくのは娘だけだ!」
悟飯同様、悟空達も一歩も動けなかった。
「パパ!私の事は放っておいて、ヒサッツを倒して!私が死んでも、ドラゴンボールで生き返らせる事が出来るわ!」
パンは震えながらも、精一杯の声で張り叫んだ。しかし、間違っていると分かっていても、悟飯は我が子を見殺しに出来るような人間ではなかった。歯軋りして睨みつける悟飯に対し、ヒサッツは残酷な交換条件を出した。
「あの娘を助けたければ、お前の心臓を、お前自身の手で貫け。そうすれば、あの娘は開放してやる」
「な、何だと!?」
パンの命を取るか、勝利を取るか、悟飯は究極の選択を迫られた。
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