パンを人質に取られ、絶体絶命のピンチに陥った悟飯。その様子は、悟空達ばかりでなく、天界にいる界王神達も水晶玉を通して見物していた。
「ふーむ、こりゃまずいのう。このままでは悟飯の奴、自らの命を絶ってしまうぞ」
「何か手は無いものか・・・。そうだ!私が瞬間移動でパンさんの側に行って、蛇を殺すのはどうでしょうか?ヒサッツは私の事を知らないから、不意を突けると思いますが」
「たわけ!お前如きが、あの蛇を殺せるものか!下手に手を出そうとすれば、逆に蛇に噛み殺されるわい!あの蛇は相当すばしっこい。お前はおろか、悟空でも殺すのは無理じゃろう」
ヒサッツの尻尾の蛇は、ヒサッツの本体から離れた後、誰にも気付かれずに、パンの体に素早く絡みついた。その抜け目の無さを踏まえた老界王神は、仮に悟空が瞬間移動でパンの側に移動しても、パンの救出は困難であると予想した。
「では、このまま黙って悟飯さんを見殺しにしろと言うんですか?ヒサッツの事だから、悟飯さんが死んだ後、傷ついた悟空さん達を皆殺しにしますよ!パンさんも結局は殺されてしまいます!」
「そんな事は分かっておるわい!くっ、今の悟飯だったら、ヒサッツなんぞ楽勝じゃと思ってたのに、まさかこんな事になるとは・・・。それにしても恐ろしい奴じゃ。ヒサッツは悟飯の性格を完全に見抜いておる。悟空だったらドラゴンボールがあるからと割り切れるが、悟飯には出来ん」
界王神達ですら、今の状況を打破する対策を思い浮かばなかった。悟飯が死ねば、ヒサッツを止められる者は、もはや誰もいない。ヒサッツはダメージを負っているが、悟空やベジータは、それ以上のダメージを負っていた。最悪のシナリオが界王神達の頭を過っていた。
場面を戦場に戻すと、依然として緊迫した状況が続いていた。悟飯は対応策を決めかねて、自分の右の手の平を見つめていた。悟飯の今の力なら、ヒサッツを簡単に倒せる。しかし、それと引き換えにパンが死ぬ。後でドラゴンボールで生き返らせる事が出来るとは言え、愛娘を犠牲にしてまで勝とうとは、悟飯はどうしても思えなかった。
「どうした!?早くしないと、蛇が痺れを切らして娘を噛み殺してしまうぞ!」
ヒサッツは悟飯を急きたてたが、今の悟飯にはヒサッツの声が届いていなかった。それ程までに悟飯は、精神的に追い詰められていた。
決断を決めかねた悟飯は、今一度パンの方を振り向いた。幼い頃から男の子以上にわんぱくで、いつも周囲に迷惑を掛けてきたが、悟飯にとっては掛け替えのない娘だった。何か変事があれば、我が身を犠牲にしてでも守ろうとパンが生まれた時に決めたはずなのに、今回は危険に晒してしまった。自分の不注意を責めると同時に、パンを何としてでも助けるため、悟飯は遂に決心した。
悟飯は右の手刀で自らの胸を突き刺した。悟飯は右手を体内深く突き刺してから引き抜いた。悟飯の胸からは大量の血が流れ、口からも血が溢れ出た。そして、悟飯の気は見る見る減少した。
「い、言われた通りにやったぞ!さ、さあ、パンを開放しろ!」
悟飯は鬼気迫る表情でヒサッツに迫ったが、ヒサッツは一向に動じなかった。
「なるほど、考えたな。だが、俺は騙されない。お前が貫いたのは右の胸。しかし、お前の心臓は左胸にある。人間でない俺だったら、人体の構造を知らないとでも思ったんだろ?生憎だが俺は昨日この星に潜伏してから何人か殺し、人体を研究した。翌日の決戦に備えて、お前達の弱点を知るためにな。さあ、下らん小細工は止めて、今度こそ心臓を貫いてもらおうか」
悟飯は自分とパンが両方とも助かる方法として、心臓がある左胸ではなく右胸を傷つけていた。今の自分なら重傷を負ったとしても、生きてさえいればヒサッツに勝てるという自信があり、またパンを危険に晒した己への罰として自らの右胸を貫いたのだが、ヒサッツには見抜かれていた。
もはや万事休す。悟飯は覚悟を決め、心臓がある左胸を貫こうとした時、ウーブが突然「待って下さい!」と叫んでパンに向けてお菓子光線を放ち、パンと蛇を飴玉に変えた。そして、ウーブは続けてお菓子光線を放ち、今度はパンだけを元に戻した。元の姿に戻ったパンは、足元に転がっている飴玉になった蛇を踏んづけて粉々にした。こうしてパンの危機は、呆気なく回避された。
ウーブのお菓子光線を浴びた者は、光線が全身に伝染し、お菓子に変化する。そのため、さしもの蛇も避ける術が無かった。ウーブの技がヒサッツの策を打ち破った。
悟飯にとっても、ヒサッツにとっても、ウーブの行動は予想外の出来事だった。余りにも突然の出来事だったので、悟飯もヒサッツも何が起こったのか事態を把握するのに数秒の時間を要した。しかし、全てを理解した悟飯は、自らの心臓を貫こうとしていた右手を下ろし、ヒサッツの方を振り向いた。
「ヒサッツ。俺を倒すためとはいえ、よくもパンを危険な目に遭わせてくれたな・・・。貴様だけは絶対に許さない!」
「ば、化け物か、こいつ。気が減るどころか、どんどん上昇している。だが、お前が傷ついた事で、絶対に勝てない相手ではなくなった」
ヒサッツは右手を握り締め、そこに気を集中させた。そして、瞬間移動で悟飯の面前に移動し、悟飯の右胸目掛けて蛇拳を放った。しかし、蛇拳が貫いたのは悟飯の残像で、本物の悟飯はヒサッツの背後に回り込み、右の拳でヒサッツの右胸を貫いた。悟飯が右腕を引き抜くと、ヒサッツは倒れた。
「ヒサッツ。お前が俺の右胸を狙う事は、お見通しだった。そして、どういう戦法で俺の右胸を攻撃するのかもな。敵の考えが分かっていれば、こっちは事前に対策を立てられる。策士が策を見抜かれたら、お終いだ。それと、貴様は一つ大きなミスを犯した。それは俺を完全に怒らせた事だ。俺は怒りによって、真のパワーが開放される」
悟飯はパワーアップが終了して戦場に向かう前に、水晶玉で戦いの様子を見ていたキビト界王神から、ヒサッツが瞬間移動や蛇拳を使う事を聞かされていた。しかし、ヒサッツは自分が瞬間移動を使う事を悟飯は知らないと思い込んでいたからこそ、瞬間移動を使って勝負に出、そして敗れた。
魔族の心臓は右胸にあり、ヒサッツも例外ではない。悟飯は偶然にもヒサッツの心臓を貫いていた。心臓を潰されたヒサッツは、自分が間もなく死ぬ事を悟り、最後の力を振り絞ってテレパシーで魔界にいるジュオウに、自分とジフーミの敗北を伝えた。それが終わると、ヒサッツは静かに息絶えた。
カイブの時と同様、ヒサッツの遺体も徐々に消えていき、やがて完全に消滅した。ヒサッツの死を確認した悟飯は、安心すると同時に傷口が急に痛み出し、その場に蹲った。悟空達は悟飯を心配して、彼の元に駆け寄った。真っ先に悟飯に声を掛けたのは、ウーブだった。
「大丈夫ですか?悟飯さん」
「ウーブ。あんな手があるんだったら、もっと早くやってくれよ」
「すいません。すぐに思いつかなくて」
「でも、ありがとうな。お前のお陰で、パンも俺も助かった」
悟飯は右胸を押さえて立ち上がった。それから悟空の瞬間移動で全員が天界に移動し、デンデに回復してもらった。回復してもらった悟空達は、ようやく一息ついた。
「強くなったな、悟飯。あのゴジータを破ったヒサッツに勝ったんだからな。今やゴジータ以上だ」
「何を言ってやがるんだ、ピッコロ!あの時は不意を突かれたからこそ、あんな結果になってしまったが、万全の状態だったら負けなかった」
「ほう。だったらフュージョンして、悟飯と手合わせしたらどうだ?もう敵はいないし、どちらがナンバーワンか決めるのも面白かろう」
ピッコロの意地悪な提案に、悟空とベジータは焦った。
「な、なあ、ベジータ。これからオラ達だけで修行しねえか?」
「あ、ああ。そうだな」
悟空とベジータは修行をするという名目で、足早に飛び去った。
「お父さん達、いきなりどうしたんでしょう?」
「ふっ、お前の強さに焦りを感じたんだろう。何せフュージョンを使った状態でも、お前に抜かれたのだからな。先程お前から感じた気は、明らかにフルパワーのゴジータより上だった。あの二人も、それに気付いたはずだ。いずれにしろ、あいつ等がやる気になったのは良い事だ」
悟飯の強さに触発されて、突然修行を開始する事にした悟空とベジータ。彼等の目的は、ナンバーワンの座の奪還だった。
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