其の七十七 最強の夫婦喧嘩?

ヘシンが化けた人物―それは悟空の妻であるチチだった。ヘシン改めチチもどきは、本物のチチと同じ様に悟空に嚙み付いた。

「悟空さ!何時になったら働くんだべ?お父の財産も尽きてしまって、生活が苦しいだよ!悟飯も学者を辞めて収入源が無くなってしまったから、いつも嫁の実家から生活費を恵んでもらってるんだぞ!それがどれだけ惨めな事か、悟空さは分かってるだか!?」

悟空は何も言い返せず、チチもどきの剣幕に圧倒されていた。チチもどきは見た目だけではなく、気の感じや話し方まで本物のチチと寸分も違わなかった。さすがに邪悪さを帯びてはいるが、発する気の印象まで自在に変化出来るのは、ヘシンの能力だった。ただし、気の大きさだけは元のへシンのままであった。チチもどきの一方的な話は、更に続いた。

「大体、悟空さは勝手過ぎるべ!家を出て何年も帰らない事もあれば、働かないくせに人の何十倍も食べるだ!一家の長としての自覚があるんだべか!?オラがどれだけ苦労してるか、悟空さは考えた事があるだか!?」
「お、お前、本当にヘシンなのか?チチにしか見えねえぞ」

ようやく悟空は言葉を返したが、チチもどきの怒りは収まらなかった。

「そんな事、今は関係ねえべ!悟空さは、いつも修行してくると言って家を飛び出すが、本当に修行してるんだか怪しい所だべ!実際は、どっかの可愛い娘ちゃんと宜しくやってるんじゃないだべか!?オラがもう婆ちゃんになったのに、悟空さだけ若いままなんてずるいべ!そして、オラが死んだら、その可愛い娘ちゃんと再婚するつもりだろ!そったら事、絶対に許さねえぞ!」

もう悟空は何も言い返さなかった。何時ものようにチチに言いたい事を言わせておけば、それで彼女の機嫌が収まって静かになると高を括っていた。しかし、チチもどきは口だけでなく手も出してきた。慌てて攻撃を避けた悟空だったが、避けられた事に腹を立てたチチもどきは、ヒステリーになった。

「どうして避けるんだべ!何も疚しい事が無ければ、オラの攻撃を受けられるはずだべ!やっぱり浮気してたんだな!」
「何でそうなるんだよ?訳が分かんねえぞ!」

チチもどきの怒りは更に激しくなり、感情の赴くまま攻撃を再開した。対する悟空は、一度も反撃せずに攻撃を避け続けた。ヘシンはチチの真似が余りにも上手過ぎたので、悟空は相対している人物が本物のチチだと錯覚した。そのため悟空は、一切手出しが出来なかった。それこそがヘシンの狙いで、悟空は自分がヘシンの術中に嵌っている事に、まだ気付いていなかった。

また、この模様は地球で本物のチチが観戦していたが、チチは初めて自分の姿を第三者の立場から見て、恥じ入っていた。

手出しが出来ないという点では、悟飯も同じだった。悟飯に襲い掛かってくるゴテンクスの通常攻撃は問題なく対処出来るのだが、ゴテンクスのトリッキーな技には手を焼いた。しかもピッコロやウーブ、パンがゴテンクスに援護射撃し、悟飯は彼等にも目を配らねばならなかった。

「父さん達は、まだアーブラを倒せないのか?こうなったら皆を気絶させて、俺も先に進むか・・・。うん?この気は、まさか母さん!?何でこんな所で母さんの気を感じるんだ!?しかも強い気だ」

悟飯は離れた所からチチもどきの気を感知して、集中力を切らしてしまった。その隙をゴテンクスは見逃さず、悟飯の横っ面を思いっきり殴った。更にゴテンクスは壁に叩き付けられた悟飯に対して無数のエネルギー弾を放ち、ピッコロ達三人も同様の事を行った。悟飯は防御に撤して直撃を回避したが、彼は一瞬の油断から大ピンチに陥った。

孫親子とは対照的に、ベジータは容赦なく手を出していた。対するアーブラも負けじと応戦し、両者の体は既に傷だらけだった。しかし、それでも二人は戦いを止めようとはしなかった。

「この俺が苦戦だと?これほどの奴が存在するとは信じられない。お前は何者だ?」
「俺は貴様等が言う向こうの世界から来たベジータ。トランクス達を元に戻してドラゴンボールを差し出せば、ここは大人しく引き下がってやる。さもなくば貴様を殺す」

アーブラは悩んだ。このベジータと名乗る侵入者を倒すのは容易ではない。下手すると自分が滅ぼされる。ドラゴンボールというのが自分のコレクションの中のどれを指すのか分からないが、たった一つの宝を惜しんで滅ぼされるよりは、それを譲り、ついでに先ほど操った戦士達を元に戻せば、再び永い眠りに就けると考えた。

「・・・分かった。ドラゴンボールとやらを譲ろう。ただし、どれがドラゴンボールか俺には分からん。指で差して教えろ」

ベジータは宝を注意深く見定め、中に二個の赤い星が入った黒い珠を見つけ、それを指差した。アーブラは珠を拾い上げ、ベジータに手渡した。しかし、ベジータが珠を受け取った瞬間、アーブラは両手でベジータの両方の側頭部を押さえて目を閉じられないようにし、自らの目を真っ赤に染めた。ベジータはアーブラの目を見てしまい、持っていた珠を落とした。

「ふっふっふっ・・・。油断したな。お前が欲しかる、このドラゴンボールという珠は、よほど価値がある物だろう。最初は大人しく渡そうと考えたが、やはり大事な宝を他人に譲れない。さあ、ベジータよ。先程の操った者共と力を合わせ、他の侵入者を殺せ」

アーブラに命令されたベジータは、何故か顔を下に向けて動かなかった。訝しんだアーブラは、ベジータの肩に手を置いて揺すると、突然ベジータがアーブラの顔を殴った。殴り倒されたアーブラは、驚いた表情でベジータの顔を見上げたが、彼の目は赤く染まっておらず、口元から血が滴り落ちていた。

「お、お前、まさか舌を噛んで俺の術を防いだのか!?」
「貴様が大人しく宝を差し出すから、おかしいと思っていたら、やはり下らん小細工を弄していたか・・・。もう貴様は謝っても許さん!覚悟しろ!」

ベジータは口元の血を手の甲で拭うと、アーブラに飛び掛かった。アーブラは慌てて構えようとしたが間に合わず、ベジータの攻撃を受けた。アーブラはベジータの気迫に飲み込まれ、ベジータの攻撃は次々に決まった。

ベジータが息詰まる熱戦を繰り広げている頃、悟空は熱戦とは程遠い戦いを続けていた。いくら悟空でも、チチもどきの攻撃を全て避ける事は出来ず、体の傷を徐々に増やしていた。しかし、未だに悟空はチチもどきに手を出せず、チチもどきは悟空に文句を言いながら攻撃を続けていた。そして、すぐ側ではキビト界王神が不安そうに見つめていた。

「くっ、一見すると馬鹿馬鹿しく見えるが、実に巧妙な攻め方だ。いくら敵でも、見た目が自分の奥さんだから、悟空さんは本気で戦えないんだ。それにしても、悟空さんの奥さんとは私も会った事はあるが、何から何まで本当にそっくりだ。ヘシンめ・・・。会った事もない人を、記憶を読んだだけで、あそこまで上手に真似るとは・・・。あれでは悟空さんでなくても騙される。しかし、このままでは、悟空さんが敗れるのは時間の問題だ。何かアドバイスしないと・・・」

キビト界王神は現状を打開するため、必死になって考えた。そして、ある事を思いついて悟空に向けて大声で叫んだ。

「悟空さん!このまま言われっ放しで良いんですか?悟空さんだって自分の奥さんに言いたい事があるでしょう!今がその機会じゃないですか!どんなに奥さんに似ていても、本物ではないんですよ!」
「お前、うるさいべ!」

キビト界王神を邪魔に思ったチチもどきは、キビト界王神に襲い掛かろうとした。ところが、その前に、悟空がチチもどきの腕を掴んで捕まえた。チチもどきは、悟空から逃れようと暴れた。

「何するだ!悟空さ!離すだ!」
「俺がチチに手を出さないのは、チチが怖いからじゃなくて、チチが俺より弱いからだ。もし俺が怒ってチチを殴ったら、間違いなく殺してしまうから、これまで自分の感情を抑えてきた。でも、チチが俺と同じくらいに強かったら、もう我慢する必要なんかねえ。思いっきり行かせてもらうぜ!」

悟空は満を持して、チチもどきを殴った。殴られたチチもどきは、怒って悟空に噛み付いた。

「悟空さ!女に、しかも自分の奥さんに手を出しても良いと思ってるだか!?」
「うるせえ!結婚してから今まで、お前に散々言われっ放しで、俺が傷ついてないとでも思ってたのか!お前は俺に『働け!働け!』なんて言うが、俺は学校に行ってないから、どうやって働けばいいか、ちっとも分かんねえぞ!それに、俺達が戦いを止めて働いたら、誰が地球を守るんだ!?妻なんだから、たまには『お疲れさん』ぐらい言ったらどうだ!」

悟空は日頃の鬱憤を晴らすかの様に、チチもどきを攻撃した。慣れない体型のせいで、ヘシンは交戦となると弱かった。最早チチの姿では悟空に効果が無いと判断したヘシンは、即座に元の姿に戻った。

「残念だったな。もう俺に注射やチチは通用しないぞ。お前の手も出尽くしたはずだ。そろそろ決着をつけてやる」
「決着をつけるだと?ふん。お前の古い記憶を読み、お前の最大の弱点を見つけたぞ。断言しても良い。この先、お前は俺に一度も手を出せずに敗れる」

ヘシンの言葉に、一抹の不安を覚えた悟空。しかし、ヘシンの戦術は悟空の想像を遥かに超える残酷なもので、悟空は生涯忘れられない程の辛い思いを体験する事となる。

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