其の七十八 悟空の贖罪

「俺が手を出せずに敗れるだと?俺を舐めるのも大概にしろ!」
「ククク・・・。弱点と言うのは苦手なもの、嫌いなものばかりではない。時には、その逆も弱点となり得る。お前は情に脆そうだから、そこを攻めれば楽に勝てる。俺の言った事が、ハッタリかどうかを見せてやる」

ヘシンは満面の笑みを浮かべながら、ある人物に変身した。そして、その人物を見た悟空は震え出し、心臓の鼓動が早くなり、全身から大量の汗が溢れ出た。悟空が動揺を隠せない程の特別な人物が、彼の目の前に現れたからである。

「久しぶりじゃな、悟空よ」
「じ、爺ちゃん!」

ヘシンが化けたのは、悟空の育ての親の孫悟飯だった。ヘシン改め悟飯もどきは、本物の悟飯に成り済まして話し始めた。

「随分と逞しく成長したのう、悟空よ。わしはあの世で、お前の事を見てきたが、まさか地球を滅ぼすために送り込まれた宇宙人だとは思いもしなかったぞ。どうりで尻尾が生えておったわけじゃ」
「だ、騙されるものか・・・。お前は爺ちゃんじゃねえ」

悟空は目の前に立つ人物が偽物の悟飯だと分かっていても、心の何処かで本物であって欲しいという願望が少なからずあった。

「お前の活躍は知っておる。お前は外敵を次々と倒し、地球を何度も守ってきた。ようやったのう」
「く、くそ・・・。頭がおかしくなりそうだ」
「そして、お前は家庭を築き、幸せな生活を送っておる。まるで自分の仕出かした事を忘れてしまったかのようにのう」
「爺ちゃん?」

悟飯もどきの表情が急に険しくなり、悟空は釣られて怪訝な表情になった。この時点で悟空の頭の中が一杯になり、今が戦闘中である事も、ましてや悟飯もどきが偽者である事も頭から抜け落ちていた。悟空が冷静さを失うほど、悟飯は悟空にとって大き過ぎる存在だった。

「お前は知ったはずじゃ。何故わしが死んだのかをな。わしは満月を見て大猿になったお前に踏み潰されて死んだのじゃ。子供のおらんかったわしは、お前を実の子のように愛情を込めて育てたつもりじゃったが、そのお前に殺されるとはな」

悟飯もどきは、憎々しげに悟空を睨んだ。その憎悪を込めた表情は、悟飯と暮らしていた頃の悟空が一度も見た事はなかった。悟空には、これまで出会った如何なる強敵よりも恐ろしく感じた。

「そ、その事は済まなかった。ベジータが俺の目の前で大猿になるまで、その事を全然知らなくてさ。初めて俺が爺ちゃんを殺したと知った時は、すっげえショックだった。俺が二度目に死んだ時、爺ちゃんに会って謝ろうと思って、あの世中を探し回ったけど、結局会えなかった」

悟空が悟飯に会えなかったのは、悟飯が既に転生してしまったからである。しかし、悟飯に会って謝れなかった事を、ずっと悟空は引き摺っていた。

「済まなかっただと?謝って済む問題かー!」

悟飯もどきは、いきなり悟空を殴った。悟空は殴られた右頬を手で押さえ、狼狽えた。

「な、何するんだ!?爺ちゃん」
「お前は恩人であるわしを殺しておきながら、謝れば済むと思っていたのか!?この恩知らずめ!恥知らずめ!」

悟飯もどきは罵倒しながら悟空を何度も殴った。悟空は抵抗どころか避けようとも防ごうともせず、ひたすら悟飯もどきからの攻撃に耐えていた。しかし、流石に耐え切れなくなった悟空は、悟飯もどきの攻撃を避け、やり返すために拳を振り上げた。ところが、悟飯もどきの顔を見た途端、悟空は苦悩に顔を歪ませたまま固まってしまい、拳が振り下ろせなくなった。そんな悟空の苦しみを肌で感じ取った悟飯もどきは、言葉で更に悟空を追い詰めた。

「何じゃ、その手は?その手でわしを殴るのか?構わんぞ。さあ、殴ってみろ。そして、殺せばええ。あの時の様にな」

悟空は散々悩んだ末に、力無く拳を下ろした。悟空にとって悟飯は今でも最も敬愛する人であり、悟空が手を出せるはずがなかった。かつて悟飯が占いババチームの戦士として悟空と対戦した時があったが、あの時は悟飯が正体を知られないように仮面を付けていたからこそ悟空は戦えたのであり、そうでなければ悟空は絶対に悟飯に手出し出来なかった。

しかし、悟空の悩む様を見ていたキビト界王神は、悟空に対して大声で叫んだ。

「悟空さん!話を聞いていて、事情は私にも分かりました。今、目の前に立っているのは、あなたの本物のお爺さんではないのですよ!尊敬するお爺さんに化けて、あなたの闘争心を失わせ、倒そうとするヘシンの策略です!卑劣な罠に嵌ってはいけません!目を覚まして下さい!」

キビト界王神の助言を聞いて考えを改めようとした悟空だったが、ヘシンは別の手を打ってきた。

「わしは確かに本物の悟飯ではない。しかし、ヘシンがわしの魂をあの世から呼び寄せ、自分の体を貸して、お前に復讐させてやると言うから、一時的に体を借りたのじゃ。つまり体はヘシンでも、中身は本物のわしじゃよ」
「そ、そんな・・・」

悟空は意気消沈してしまった。魂を呼び寄せる事が出来るのはボレィであって、ヘシンではない。しかも悟飯は転生したのだから、悟飯もどきの言ってる事は真っ赤な嘘だった。いつもの悟空なら、そんな噓ぐらい即座に見抜けるのだが、現在の悟空には出来なかった。かつてないほど悟空は追い詰められ、混乱していた。

「爺ちゃん。俺は、俺は一体どうしたら爺ちゃんに許してもらえるんだ?」
「そんな事は分かっておるじゃろう。お前がわしを殺したんだから、今度はわしがお前を殺すんじゃ」

悟空は口を閉ざした。そして、しばらく物思いに耽った。キビト界王神の言う通り、全てヘシンの策略じゃないかという考えも頭を過ったが、そうでない場合が非常に怖かった。そうした恐怖が悟空に最悪の選択を選ばせた。

「・・・分かった。爺ちゃんに殺されるなら、むしろ本望だ」
「よう決心したのう。それでこそ、わしの孫じゃ」

悟飯もどきは笑顔を浮かべ、悟空への攻撃を開始した。悟空は戦意を喪失し、悟飯もどきの攻撃を受け続けた。キビト界王神が懸命に悟空に奮起するよう呼び掛けたが、もはや悟空の耳にはキビト界王神の声は届かなかった。

悟空が大ピンチを陥っている頃、ベジータとアーブラの戦いは最終局面を迎えていた。舌を噛んで以降、ベジータは優勢に戦いを進め、対するアーブラは攻撃を受け過ぎて動きが鈍っていた。ベジータは隙を突き、アーブラの両目を指で突いた。アーブラは両手で目を押さえて悶え苦しんだ。

「その目では人を操る事は出来まい。二度と化けて出ないように、貴様の棺もろとも消してやる」

ベジータは攻撃を再開した。そして、アーブラが千鳥足になった所で、彼を棺の中に放り投げた。ベジータは棺の上空に飛び上がり、真下にいるアーブラ目掛けて気光波を放った。

ベジータからの止めの一撃を喰らったアーブラは、断末魔の叫びを上げて棺と共に消滅した。そして、ピラミッド内に充満していたアーブラの邪悪な気が消えた。

戦いを終えて変身を解いたベジータは、足元のドラゴンボールを拾うと、傷ついた体を引きずって来た道を引き返した。ベジータは早く戻ろうとしたが、流石にダメージが大き過ぎて、素早く移動する事は出来なかった。

一方、アーブラの消滅によって洗脳が解けたピッコロ達は、自分達が何時の間にか壁に向かって気光波を放っていた事に気付いた。壁には大きな煙が立ち込めていて、彼等が気光波を放つのを止めると、煙の中から悟飯が出て来た。ピッコロ達は自分達が行っていた行為を知って愕然とした。

「悟飯!お、俺達は、お前を攻撃していたのか!?」
「良かった。ようやく元に戻りましたね。俺にした事は気にしないで下さい。皆は操られていただけなんですから」

悟飯は笑顔を見せたが、ピッコロ達は笑う気になれなかった。

「それよりも先を急ぎましょう。皆を操っていた敵は、ベジータさんが倒したみたいですが、父さんは別の敵と戦ってるみたいです。気の感じがコロコロ変わるので、どんな敵かは分かりませんが」
「それは、おそらくジュオウ親衛隊の一人へシンだろう。ヘシンは、どんな姿にも変えられると聞いているが、姿だけでなく気の感じまで変える事が出来る奴なのかもしれない。悟空が気掛かりだ」

悟飯は悟空達が通った穴に向かい、ピッコロ達も頭を切り換えて後に続いた。そして、穴を通って通路を走り、別の部屋に着いた彼等の目に飛び込んできた光景は、見知らぬ一人の老人と、無残な姿で倒れている悟空とキビト界王神だった。驚いた悟飯達は、口々に悟空に呼び掛けたが、悟空からの応答は一切なかった。

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