ベジットとサキョーの意地と野望が交錯する戦いも、いよいよ終盤戦に差し掛かっていた。流石に疲労の色が見え始めたベジットだが、彼の自信に満ちた発言を、サキョーは一笑に付した。
「何を言うかと思えば経験だと?そんなもの俺には必要ない。俺には元々、他を寄せ付けない圧倒的な力があるからな」
自身の実力に絶対の自信があるサキョーにとって、ベジットの発言は負け犬の遠吠え程度にしか聞こえなかった。
「貴様は強過ぎるからこそ、これまでの戦いでは一方的に相手を叩きのめし、強敵と呼べる相手と真剣に戦った事は一度もないはずだ。どうだ?図星だろ?」
「まあな。これまでの戦いは、この魔族の体にならずとも余裕で勝てたからな。正直言って、この姿で戦うのは今日が初めてだ。だが、それがどうした?」
サキョーは自分の戦歴を偽りなく答えた。それを聞いていたベジットは、鼻で笑った。
「これまで魔族の体で戦った事がないからこそ、貴様は魔族の体での戦い方を知らないんだ。それじゃ俺には勝てない」
「ふん。下らん負け惜しみを言いやがって。俺がそんな言葉に動揺するとでも思ったのか?すぐに黙らせてやる」
サキョーは再度ベジットに襲い掛かった。対するベジットは一切反撃せず、サキョーからの攻撃を避けながら、少しでもサキョーから距離を置こうと逃げ回った。サキョーはベジットを追いながら、時には直接攻撃したり、時には胴体にある顔の口から炎を吐くという行為を繰り返した。しかし、ベジットには掠りもしなかった。
「ほれほれ、どうした?お前の攻撃は、全然当たっていないぞ。もっと真剣にやったらどうだ?」
「疲れているくせに、何てすばしっこい奴だ!」
ベジットは肩で息をしながらも、サキョーからの攻撃を全く受けずに上手く逃げ回っていた。
「くそー!スピードに大差無いのに、どうして奴に攻撃が当たらないんだ?もしかして、これが奴の言う経験の差というもののせいなのか?」
実際、ベジットはサキョーの動きを見切っていた。サキョーのスピードは速いが、ベジットから見れば無駄な動きが多かった。しかも、ベジットはサキョーと距離を取っているので、攻撃を避けるのが難しくなかった。
サキョーは一向に戦果が上がらない事に苛立ち、遂にベジットを追いかけるのを諦めた。そして、魔法で特製の鞭を生成し、ベジットに向けて何度も鞭を打った。これまで余裕で逃げていたベジットだったが、この攻撃には流石に驚き、必死になって回避しようとした。ベジットは最初の内は何とか避けられていたが、人と違って動きの読み難い鞭に、とうとう背中を打たれ、蹲った所を鞭で体を縛られた。
「し、しまった!」
「クックック・・・。とうとう捕まえたぞ。このまま絞め殺してやる!」
サキョーが鞭を引っ張ると、強く締め付けられた。ベジットは苦しみながらも、鞭の呪縛から逃れようと、力の限り踏ん張った。サキョー特製の鞭だけに、通常のとは比べ物にならないほど頑丈だったが、ベジットは顔を真っ赤にして力を出し、鞭を吹っ飛ばした。ようやく危機を脱したベジットだったが、それを観ていたサキョーは、ある考えに思い至った。
「今のは疲れている人間が出せる力ではない。もしや奴の疲労は芝居では?」
サキョーは逃げるベジットを追わず、離れた場所に移動したベジットの様子を凝視していた。
「サキョーの様子を見ると、こちらの考えに気付いたな。流石に馬鹿じゃねえな」
ベジットはサキョーを調子付かせて攻撃させるため、わざと疲れた振りをしていた。ベジットは全く疲れていないわけではないが、まだまだ余裕があった。しかし、サキョーが芝居に気付き、ベジットを追いかけて来ないので、今度はベジットの方からサキョーに近付いた。
「つまらん手を使いやがって。俺に無駄に攻撃させ、体力を消耗させるのが目的だったんだろ?」
「ばれちゃ仕方ねえ。後は小細工抜きで戦うとするか」
白状したベジットは、攻撃に転じた。サキョーも応戦し、両者の間で激しい戦闘が繰り広げられた。始めは双方ほぼ同じ手数で交戦したが、途中からサキョーが一方的に攻撃し、ベジットはサキョーからの攻撃を避け続けた。しかし、至近距離からの攻撃なので、ベジットは全て避けられたわけではなく、十回中二・三回は攻撃を受けた。それでもベジットは、攻撃を避け続けた。
サキョーは稀に攻撃が当たるので、懸命になって攻撃し続けたが、攻撃が当たる頻度が徐々に下がっていた。十回中二・三回当たっていた攻撃が、次第に十回中一回になり、しまいには十回攻撃しても一回も当たらなくなった。
「どうした?ちっとも当たらなくなったぞ。ちゃんと俺の動きを見てるのか?」
「うるさい!いい気になっていられるのも今の内だ!」
サキョーは完全に頭にきて一心不乱に攻撃したが、動きが鈍くなって全くベジットに当たらなくなった。サキョーは折角ベジットの作戦を見破っていながら、激し過ぎる性格が災いして、再びベジットの術中に陥って無駄な攻撃を繰り返してしまった。その結果、サキョーは体中から汗が噴き出し、吐く息も絶え絶えになった。ベジットの芝居と違い、サキョーは本当に疲労していた。
「体が思うように動かない。な、何でこんなに早く疲れるんだ?人間の体の時は、こんな事なかったのに・・・」
体が大きければ力は強いが、消費するエネルギーも多くなる。これまで魔族の体で戦った事がなかったサキョーは、それを認識していなかった。仮にベジットとサキョーの運動量が同じだったとしても、先に疲れるのは、体の大きいサキョーの方であった。しかも現実には、ベジットが必要最小限の動きでエネルギーの消費を極力抑えていたのに対し、サキョーはペース配分を考えずに我武者羅に動いて大量のエネルギーを消耗していた。両者の間に優劣の差が出て当然だった。
好機到来と見たベジットは、ようやく反撃に転じた。ベジットからの攻撃は、全てサキョーに命中した。ベジットは手数こそ決して多くなかったが、相手の動きを見極めて的確に攻撃し、サキョーに魔法で回復させる時間を与えなかった。
サキョーの体が人間だった時は、経験が少なかったとはいえ、冷静沈着で相手の挑発に翻弄されず、相手の動きを事前に察知したカウンター攻撃が狙いなので無闇に動かなかった。しかもパワーやスピードが悟空達より遥かに上だったために、悟空達はサキョーに一杯喰わされる形となった。
一方、魔族となったサキョーは、考えるより先に行動する好戦派なので、ベジットは彼が熱くなりやすい性格だと読んだ。そこでベジットは、サキョーに一方的に攻撃させて疲れさせる作戦を立てた。
作戦の第一段階では、自分が疲れた振りをしてサキョーに散々動き回らせ、それが見破られると、作戦の第二段階として交戦すると見せかけ、結局サキョーに攻撃させた。また、サキョーを激昂させるため、随時挑発する事も忘れなかった。こうしてベジットは体力を温存し、サキョーは体力を枯渇させた。全てはベジットの作戦通りに事が進んでいた。ベジットが述べた経験の違いが、両者の明暗を分ける結果となった。
サキョーはダメージと疲労のせいで、片膝を地面に付いて動けなくなった。しかし、ベジットは決して油断せず、速やかに仕上げの段階に移った。ベジットは右手に気の剣を出し、それをサキョーに向けて振り下ろした。サキョーは気の剣を真剣白羽取りで防ごうとしたが間に合わず、気の剣はサキョーの脳天に叩き付けられた。ベジットは気の剣を地面に到達するまで一気に振り下ろし、サキョーの体は真っ二つに裂けた。
「そ、そんな・・・こ、この俺が。大魔王となるはずの俺が・・・ぐはっ!」
二つに裂けられたサキョーの体の裂け目からは大量の血が噴き出し、サキョーは地面に崩れ落ちて絶命し、死体は消滅した。そして、サキョーが居た場所には六神球が転がっていた。変身を解いたベジットは、ボールを拾うと離れた場所で待機していたギルの元まで飛んで行き、ギルが抱える鞄の中にボールを入れた。
こうして最後まで残っていたサキョーも死に、ジュオウ親衛隊は事実上壊滅した。宇宙一武道会でジフーミやヒサッツとの対立から始まったジュオウ親衛隊との戦いは、ベジット達の大勝利で幕を下ろした。しかし、見事に勝利を収めたベジットだが、その心は決して晴れなかった。これからベジットとして一生過ごさなければならない現実と、悟飯を死なせたばかりか、悟飯の肉体を自らの手で消した事実が、彼の心に暗い影を落としていた。
しかし、嘆いてばかりもいられなかった。ジュオウから残り二個のドラゴンボールを奪い、悪魔を召喚して倒すという重大な任務が残っていたからである。非力なジュオウからボールを奪う事は、それほど問題では無いだろう。やはり問題なのは、悪魔を倒せるどうかである。カイを倒すぐらいだから、只者ではないだろう。もしかするとサキョー以上の化け物かもしれないが、ベジットには不思議と恐怖は無かった。むしろ戦いに身を投じる事で、辛い現実を忘れたい衝動に駆られていた。
「悟飯。全てが片付いたら、すぐに生き返らせてやるからな。それまで待ってろ」
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