其の八十九 魔界の神龍出現

縄で縛られたジュオウは、シーガの前に引きずり出された。シーガは主君の仇であるジュオウを今すぐ殺したかったが、感情を押し殺してジュオウに質問した。

「ジュオウ。何故、ルーエ様を裏切った?貴様がルーエ様に仕える宮廷魔術師だった時、ルーエ様は貴様を冷遇しなかった。それどころか、貴様がナツメグ人だった事もあり、ルーエ様は貴様を厚遇していた。少なくとも俺には、そう見えた」

シーガの問いに、ジュオウは捕虜の分際で居丈高に応えた。

「わしは長年に渡って魔術の修練を積み、様々な知識を吸収してきた。ただ強かっただけのルーエより、わしの方が遥かに魔王として相応しいはずだ。しかし、古い仕来りのせいで、わしは魔王になれなかった。だから親衛隊を生み出して強硬手段に出た。反旗を翻した時の相手が、たまたまルーエだっただけの話だ。わしが魔王に選ばれていれば、ルーエは死なずに済んだ。なのでルーエが死んだのは、わしのせいではない。古臭い風習と、頭の固い長老達が悪い」

ジュオウの身勝手な言い分には、その場にいた全ての魔族達は無論、部外者のベジットでさえも憤りを覚えた。

「ふざけるな!最も力がある者が魔王になると決めたのは、他ならぬ貴様の遠い先祖達だぞ!これまでナツメグ人達は、ずっと長老役に徹し、一人も魔王になっていなかった!権力を独占して他人の妬みを買い、戦争に発展させないためだ!貴様は先祖達に申し訳ないと思わないのか!?」
「何と言われようと、わしは魔王になる夢を捨てられない。わしはナツメグ人ではなく、別のもっと強い種族として生まれたかった」

反省の色を全く見せないジュオウに、魔族達は怒りを更に募らせた。そして、アストレーは怒りの余り、黙って話を聞いていられなくなった。

「シーガ兄貴!こんな奴に何を言っても無駄だ!さっさと殺してしまおう!俺に任せてくれたら、ジュオウを楽には死なせず、じわじわと嬲り殺しにしてやる!」

アストレーの発言に、ジュオウは仰天して態度を一変させた。

「ま、待ってくれ!ルーエを裏切ったのは悪かった。この通り反省している。だから頼む。命だけは助けてくれ」

この期に及んで、まだ生き延びようとするジュオウに、ライタも黙っていられなくなった。

「貴様のせいで、どれだけ多くの命が奪われたと思っているんだ!貴様だけは八つ裂きにしても飽き足らない!シーガ兄貴!俺にやらせてくれ!ジュオウに生き地獄を味あわせて殺してやる!」

静かに話を聞くつもりだったベジットも、流石に黙っていられなくなって会話に割り込んだ。

「親衛隊は誰一人として命乞いなんてしなかったぞ。最期の時ぐらい堂々としてろ!」

ベジットはジュオウを窘めた。しかし、それを聞いたジュオウは表情を変え、ベジットを睨み付けた。

「お前だな?親衛隊を倒したのは。よくも大事な親衛隊を皆殺しにしてくれたな」
「違う。親衛隊を倒したのは俺一人の力じゃない。今ここには居ないが、仲間達と協力して倒したんだ。どの親衛隊にしたって、決して楽には勝てなかった。あいつ等は、お前のために精一杯戦ったんだぞ。せめて哀悼の意を表したらどうだ?」
「ふん。どう戦おうが勝てなければ意味が無い。敗者は単なる役立たずだ」

ジュオウは所詮、心の狭い性根の腐った小物でしかなかった。こんな小物のために命を投げ出して戦わなければならなかった親衛隊に、ベジットは思わず同情した。

「お喋りもここまでだ。ジュオウ。貴様の処刑は、俺達の願いを叶え終わってから執り行う。それまで大人しくしてもらおうか」

シーガは近くにいた魔族に命じ、ジュオウの口を布で縛って喋れないようにしてから後方に下がらせた。神龍を呼び出したら、ジュオウが助かりたい一心で急いで自分の願い事を言うかもしれない。それを危惧したシーガが、事前の予防策としてジュオウの口を封じた。

「シーガ兄貴。何でジュオウを、すぐに殺さないんだ?」
「ジュオウを殺すのは何時でも出切る。それよりも肝心なのは、誰が殺すかだ。俺はジュオウに最も恨みを抱いている者が、一番適任だと思う」
「そ、それってまさか・・・」
「皆まで言わすな。さあ、ベジット。早く神龍とやらを呼び出そう」

ジュオウの処分は一先ず置いといて、ベジット達は神龍を呼び出す準備に移った。まずベジットは鞄の中から五個のドラゴンボールを取り出して地面に置き、アストレーは手に持っていた二個のボールを地面に置いた。遂に七個全てが揃ったボールに今だ変化は無く、静寂を保っているが、それが却って不気味さを引き立たせた。

「よ、よし。神龍を呼び出すぞ。ベジット。どうやって神龍を呼び出すんだ?」
「それは合言葉を言って・・・ってあれ?合言葉は何だ?ナツメグ人から何も聞いてねえぞ」

これまでベジットは、親衛隊との戦いに没頭していたせいで、合言葉については完全に忘れていた。

「困ったぞ。大昔のドラゴンボールだから、地球のと同じ合言葉じゃないだろうし、仮に呼び出したとしても、神龍に今の言葉が通じるはずがねえ。ナツメグ人の長老を、ここに連れてくるべきだろうか・・・」

古代文字が理解出来るナツメグ人の長老を、この場に連れて来るとしても、ナツメグ人の気がここからは全く感じられないので、ナツメグ星が何処にあるか見当も付かなかった。すぐにナツメグ人を連れてくる事が出来ず、途方に暮れたベジットは、半ば自棄糞で馴染みの呪文を唱えた。

「出でよ神龍!そして、願いを叶えたまえ!」

ベジットが呪文を唱えた瞬間、七個のドラゴンボールが強烈な光を放った。それとは対照的に、辺りは一瞬にして漆黒の闇に包まれた。そして、ボールの中から全身から光を放つ”何か”が飛び出した。幸か不幸か、ベジットの破れかぶれの行動で、ドラゴンボールの中に眠る神龍が、気が遠くなる程の長い歳月を経て、遂に現世に召喚された。

ドラゴンボールの中から出て来た悪魔とも神とも称された正体不明の謎の神龍は、龍の如き角はあるが、それ以外は龍というよりも魔物に近い姿をしていた。また、この神龍は、ベジットと同じぐらいの背丈しかなかった。そのため、地球の神龍やナメック星のポルンガを見慣れているベジットが、この神龍を神龍として認識するには多少の無理があった。むしろ以前に戦った事がある邪悪龍に近い存在に思えた。そして、周囲が注目する中、謎の神龍が唐突に口を開いた。

「さっさと願いを言え。俺が気に入った願いなら、叶えてやっても良い」

ベジットは面食らった。大昔の神龍が現代の言葉を話すのにも驚きだが、自分の気に入った願いしか叶えないという、従来の神龍にはない傍若無人な態度にも驚きを覚えた。この尊大な神龍が、シーガの願いを叶えてくれるかどうかは分からないが、その後にベジットが、この神龍を倒す段取りとなっている。しかし、ベジットには、その前に確認しておきたい事があった。

「なあ。お前の名前は何だ?」
「俺の名前を聞く事が、お前達の願いか?」
「い、いや。そうじゃねえ。ただ聞きたかっただけだ」
「俺に名は無い。俺を造った者は、俺に名前を付けなかった」
「名前が無いとは可哀想だな。じゃあ俺が付けてやろう。魔界の神龍だから魔神龍てのはどうだ?」

これから倒す相手なのだから、せめて名前ぐらいは知っておいてやろうとしたベジットだったが、その相手を名付けるとは、流石に思いもしなかった。そして、ベジットに名前を貰った魔神龍だが、特に喜んだ表情も見せず、「勝手にしろ」と吐き捨てて関心すら示さなかった。

ベジットは、ドラゴンボールから出て来るのは、どんな凄い悪魔なのかと対面するのを待ち侘びていたが、いざ実物を見ると、思ったより大した事はなさそうなので失望し、思わず小声で呟いた。

「こいつが本当にカイを倒したのか?カイに比べれば、全然大した気を感じないぞ。それに、どうして大昔のナツメグ人は、こいつが全世界を滅ぼすかもしれないなんて言い残したんだ?そんな凄そうな奴には見えねえ。シーガが願いを叶えてもらったら、速攻で倒すとするか。地球に残してきた皆と早く会いたいしな」

魔神龍に勝って、すぐに地球に帰れるだろうと予想したベジット。しかし、後にベジットは、この予想が甘かったと身を持って思い知る事となる。

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