悠久の時を経て、遂に呼び出された魔界の神龍。魔神龍と名付けられた神龍は、全世界を滅ぼすかもしれない悪魔と伝えられてきたが、呼び出されてから現時点までは特に目立った動きもなく、願い事を言われるのを静かに待っていた。そんな魔神龍に対し、願いを叶えて貰う予定のシーガは、願い事を一気に捲し立てた。
「ルーエ様とレード様を生き返らせて欲しい。出来れば両方とも。両方が無理なら、せめて片方だけでも頼む」
シーガの願いの頼み方を、すぐ側で聞いていたベジットは、思わず眉を顰めた。もし願い事を言うのがベジットだったら、もっと簡略に「ジュオウ親衛隊に殺された人達を生き返らせてくれ」と頼んでいただろう。しかし、これまでドラゴンボールを使った事がないシーガは、そういう機転の利いた頼み方を知らなかった。そして、シーガの願い事を聞いた魔神龍の口から、驚愕の事実が述べられた。
「結論から言って、二人とも生き返らせる事は出来ない。まずレードだが、奴は生きているからだ。その事を、お前が知らないのも無理はない。お前は武道会の終了後、すぐに他の連中と共に魔界に来たからな。レードの心臓は確かに一度は停止した。だが、その後もレードの治療は続けられた。そして、レードの異常な生命力と惑星レードの高度な医療が、奴の心臓を再び揺り動かした。今では、レードは完全に回復している」
セモークの三兄弟は、レードを途中までは看ていた。ところが、レードの心臓が停止した時点で、レードは死んだと思い込んでいた。そして、彼等は魔界に来てから、一度も惑星レードと連絡を取っていなかった。その間にレードは、死の淵から生還していた。
復活後にレードは、周りの部下達から、セモークの三兄弟が悟空達と共に魔界に向かったという報告を受けた。他の人間なら自分も魔界に行って雪辱を果たしたいと考えるが、レードは違った。自分を倒したヒサッツへの怒りも勿論あったが、油断して勝てる戦いに敗れた自分自身に対しての怒りの方が、遥かに上回った。そして、この様な失態を二度としない様に、自らに厳しい特訓を課していた。
話を元に戻すが、レードの生存を知ったセモークの三兄弟は喜び、ベジットは内心では複雑な思いだった。しかし、魔神龍からの返答が、シーガには腑に落ちなかった。
「レード様を生き返らせない理由は分かった。だが、何故ルーエ様も生き返らせる事が出来ないんだ?ルーエ様は間違いなく死んだはずだぞ」
「俺は一番初めに言ったはずだ。気に入った願いでないと叶えないとな」
「何だと!?そんな理由があるか!ちゃんと納得出来る理由を言え!」
シーガの問いに対する魔神龍からの返答は、一同を更に驚かせる内容だった。
「俺が叶えたいのは、邪な欲望を満たすための願いだ。それなのに、お前は他人を生き返らせたいだと?ルーエに仇敵のジュオウを討たせ、また魔王として君臨してもらうつもりだろう。元魔王の子供のくせに、どうして自分が魔王になろうとしないんだ?父と違って野心の乏しい奴だ。そんな願いなど叶えるつもりはない」
この返答には、シーガ達もベジットも唖然とした。彼等を尻目に、魔神龍の話は更に続いた。
「この場に居る者の中で、俺が願いを叶えるに値する者は一人だけだ。それはジュオウ。お前だ!」
魔神龍が少し離れた所で縛られていたジュオウを指差した瞬間、ジュオウの体を縛っていた布や縄が、手を触れずに解けた。側にいた魔族が慌ててジュオウを取り押さえようとしたが、その前にジュオウの周りにバリアーが発生し、ジュオウには指一本触れられなかった。
「ジュオウよ。お前の願いを叶え終えるまで、そのバリアーはお前を守ってくれる。安心して願いを言うが良い」
死を待つだけだったジュオウは命を救われ、しかも願いまで叶えてくれるという。ジュオウは大いに喜び、彼の表情に元の毒々しさが戻った。
「ひっひっひっ。わしの悪運は、まだ尽きてなかったようだ。それでは、わしの願いを叶えて貰おうか。わしの願いは強さじゃ。これこそ、わしがドラゴンボールを集めた目的じゃ。わしが正式な魔王となるためにな。じゃが、今わしが求めるのは、ベジットを一撃で殺せる圧倒的な強さじゃ」
ジュオウはドラゴンボールを使って魔界で一番強い者となり、長老達に正式に魔王として認められる事を望んでいた。しかし、魔界で一番強くなった程度ではベジットに勝てないと思い、魔神龍にベジット以上の力を求めた。ところが、魔神龍は首を横に振ってジュオウの願いを拒んだ。
「お前に幾ら力を授けても、ベジットは倒せない。何故なら、お前は大した戦闘経験のない戦いの素人だからだ。そんな奴が、どんなに強くなっても、その強さを完全には使いこなせない。仮に力を得てベジットと戦っても、適当にあしらわれ、最終的には殺されるだけだ。この場を生き延びたければ、別の願いを言え」
熱望していた願いを拒まれたジュオウだったが、魔神龍の意見に異存はなかった。ベジットはジュオウの大半の魔力を使い、寿命を削ってまで生み出した最強のジュオウ親衛隊を倒した戦いの達人である。当初ジュオウは、ベジット以上の力さえあればベジットに勝てると軽く考えていた。しかし、魔神龍に指摘されて改めて考え直してみると、自分の考えが甘かったと分かった。例え莫大な力を与えられても、戦いの素人であるジュオウが、百戦錬磨のベジットに勝てる道理が無かった。
「で、では、わしを若返らせてくれ。もっとも魔力に溢れていた頃にな。今は年老いてるから、全盛期の半分の魔力も無い。だから、わしは卵を産む事が出来ない。しかし、わしが若返れば、溢れんばかりの魔力が回復する。そうなれば、わしは親衛隊以上の力を持つ戦士を生み出し、そいつにベジット達を倒させる」
ジュオウは代わりの願いを述べた。しかし、それでも魔神龍は、首を縦に振らなかった。
「お前は肝心な事を忘れている。現在お前を守っているバリアーは、お前の願いが叶えられまで存続する。だから、お前が若返れば、その時点でバリアーは消滅する。お前は急いで卵を産もうとするだろうが、ベジットに限らず、周りの魔族達が卵から戦士が孵化するまで大人しく待っていると思うか?お前が卵を産む前に、お前を殺そうとするだろう。別の願いを言え」
再び願いを拒否されたジュオウは、「卵を生み出すまでバリアーを残してくれても良いじゃないか」と魔神龍に軽い憤りを覚えた。しかし、そんな事を口に出せるジュオウではなかった。そんなジュオウに対し、魔神龍は更に畳み掛けた。
「お前が現在置かれている危機を乗り切る願いは、一つしかない。それが何かは、お前自身が分かっているはずだ。それを言えば良い」
ジュオウは魔神龍が自分に、どんな願いを言わせようとしているのか分かった。しかし、それはジュオウが本当に望んでいた願いではなく、当座凌ぎだった。待ちに待った願いを叶える機会なのに、そんな願いしか叶えられないジュオウは、失望して肩を落とした。そして、口惜しそうに願いを述べた。
「・・・こいつ等を皆殺しにしてくれ」
「こいつ等とは、この場にいる全ての魔族。そして、ベジットの事か?」
「そうだ!どうせ、この願いを言わせたかったんだろ?今度は応じてくれるんだろうな?」
「ふっふっふっ。良いだろう。その願い、叶えてやる」
魔神龍は先の二つの願いを拒んだ時と違い、今度の願いには快く了解した。自信たっぷりの魔神龍だが、ジュオウには、まだ不安があった。
「本当に勝てるのか?もし負けたら、わしまで殺されてしまうんだぞ」
「心配いらん。たやすい願いだ」
魔神龍はジュオウの願いを実行するため、先程から黙って様子を窺っていたベジットに視線を移した。ベジットは、大人しく魔神龍とジュオウのやり取りを見ていたわけではなかった。もしジュオウが途方もない願いを言い、それを魔神龍が叶えようとしたら、ベジットは願いが叶えられる前に魔神龍に飛び掛かろうとしていた。そのため、ベジットは何時でも動けるようにしていた。
「とうとう本性を現したな。素直にシーガの願いを叶えてくれないだろうとは思っていたが、まさかジュオウを誘導し、俺達を抹殺する願いを言わせるとはな」
「それは、お前にとっても好都合だろ?元々、俺を殺すためにドラゴンボールを集めていたのだからな。これで、お前は奇襲ではなく堂々と俺を戦う事が出来る」
「へっ。全部お見通しって事か。思ったより手強そうだな」
魔神龍が只者ではないと思っても、まだベジットには余裕が感じられた。しかし、ベジットが魔神龍の本当の恐ろしさを知るのは、これからだった。
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