其の九十一 神龍の力

遂に魔神龍と戦う事になったベジットは、颯爽と身構えた。ところが、対する魔神龍は、右の掌をベジットに向けて制止した。

「まあ、待て。お前の相手は後だ。まずは、その他大勢の雑魚から片付ける事にしよう」

魔神龍は周りにいる魔族達を見渡した。当然の事ながら、魔神龍の発言は、シーガ達の怒りを買った。しかし、大勢の魔族達から一斉に睨まれても、魔神龍は一向に動じなかった。

「シーガ兄貴の願いを叶えてくれないばかりか、俺達を雑魚呼ばわりして殺すつもりか?」
「殺されたくなかったら、全力で掛かって来い。徒労に終るがな」
「俺達を舐めるなー!」

ライタは魔神龍に飛び掛かった。ライタの右の拳が命中し、魔神龍は勢いよく吹っ飛ばされた。ところが、ライタが倒れている魔神龍に近付いてみると、そこに魔神龍の姿は無く、代わりに魔族の死体があった。その魔族の死因は、ライタによる攻撃だった。そして、状況を理解出来ずに混乱するライタの背後から、魔神龍の笑い声が聞こえてきた。

「はっはっはっ。味方を殴り殺すとは、酷い奴だな」

魔神龍は何時の間にかライタの背後に立っていた。そして、殴られたはずの魔神龍だが、その痕跡は無かった。ライタは気を取り直して、再び魔神龍に殴り掛かった。そして、まともに攻撃が決まったかに見えたが、吹っ飛ばされて倒れていたのは別の魔族の死体だった。当の魔神龍は魔族の群れに紛れ、またもやライタの背後に立っていた。周りにいる魔族達は、何が起きたのか分からなかったが、ベジットだけは、その動きを目で追う事が出来た。

ベジットが見たものは、ライタの攻撃が当たる直前まで魔神龍は、その場に立っていた。ところが、攻撃が当たる瞬間、魔神龍と殺された二人の魔族の立ち位置が入れ替わっていた。こうして、ライタは敵の魔神龍ではなく、味方の魔族を誤って殴り、しかも殺してしまった。

「瞬間移動だったら移動するのは基本的に自分だけで、他人も移動する場合は体に触れていないと出来ないはずだ。しかし、魔神龍は自分自身だけでなく、離れた場所にいる他人の居場所まで変えている。あれは単なる瞬間移動じゃない。魔神龍は何か特別な力を使ったはずだ。待てよ・・・奴は神龍。まだ確信は持てないが、もし魔神龍の能力が俺の想像通りだとしたら、とんでもなく厄介な敵だぞ」

少し離れた場所で魔神龍を観察していたベジットは、魔神龍の恐ろしさに気付き始めていた。一方、その事に全く気付かないアストレーは、ライタの不甲斐無さに業を煮やし、魔神龍目掛けて連続エネルギー波を放った。ところが、連続エネルギー波は、魔神龍に命中する直前で空中に停止し、更に勢いを増してアストレーに返って来た。アストレーは急いで飛び上がって難を逃れたが、アストレーの背後にいた魔族達は、エネルギー波を受けて命を落とした。

「な、何が起こったんだ!?ど、どうして弟達の攻撃が奴に当たらないんだ?こ、こうなったら俺が・・・」

不思議な力を使う魔神龍に恐怖を抱きつつも、シーガは魔神龍に戦いを挑もうとした。しかし、その前に、ベジットがシーガの肩に手を置き、シーガを制止した。

「よせ。あの魔神龍は、お前達が束になって掛かっても、到底勝てる相手じゃない。死にたくなければ、ここは俺に任せて、お前達は全員後ろに下がってろ」
「束になっても勝てないだと!?何故そう言い切れるんだ?まさか魔神龍の力を見抜いたのか?」
「ああ。奴が神龍である事を考慮すれば、奴の力に気付くのは難しくない」

ベジットはシーガだけでなく、周りの魔族達にも聞こえる様に大きな声で話した。

「神龍は、どんな願いでも叶える力を持つ。本来の神龍は、その力を願いを叶えたい他人のために使う。しかし、この魔神龍は、その力を自分の願いを叶えるために使っている。つまり、奴が思った事は、全て現実となって起こる。どうだ?魔神龍。図星だろ?」
「ご名答。腕だけでなく、頭の出来も間抜けな魔族達とは比べものにならんな。ただし、ベジットよ。俺が魔族達を倒すのに、お前に邪魔されると面倒だ。しばらく大人しくしてもらおうか」

魔神龍の目が赤く光った途端、ベジットは体の自由を奪われた。どんなに足掻いても、指一本動かせなかった。口の中まで麻痺し、喋れなくなった。

「魔族達を倒したら、その金縛りは解いてやる。それまで黙って俺の戦いを観ていろ」

身動き出来ないベジットを一先ず置いといて、魔神龍は魔族達を見回した。魔神龍の恐ろしさを知った魔族達は、全員恐怖で顔が引き攣っていた。シーガが全軍に突撃命令を出したが、魔族達は足が竦んで 誰一人動けなかった。

「低脳の魔族達でも、俺の恐ろしさを悟ったか。しかし、恐怖に怯えてもらっては困る。戦意を失った奴を殺してもつまらんからな。どれ、お前達を戦闘マシーンにしてやるか」

魔神龍の目が赤く光ると、セモ―クの三兄弟を除く魔族達の表情が変わり、彼等の表情から恐怖が消えた。そして、魔神龍目掛けて野犬の群れの如く一斉に飛び掛かった。

「お前達を倒すのに神龍の力を使う必要はあるまい。存分に楽しませてもらおうか」

魔神龍は自分に襲い掛かってくる魔族達を、楽しそうに一人ずつ撲殺した。それでも魔族達は全く怯まずに魔神龍を攻め続け、次々と殺された。その光景は、さながら地獄絵図であった。シーガやライタが魔族達に止まる様に指示しても、誰一人として言う事を聞かなかった。

この状況を打開するため、アストレーが銃を生成し、魔神龍を目掛けて撃った。弾は魔神龍の側頭部を掠った。アストレーは再び銃口を魔神龍に向けた。一方で魔神龍は、途端に不機嫌になった。

「お前達、目障りだ。消えろ!」

群がってくる魔族達を急に疎ましく感じた魔神龍は、セモークの三兄弟を除く魔族達を一瞬で消滅させた。アストレーは銃を撃とうとしたが、その前に魔神龍の力で銃がアストレーの手から離れ、空中で銃が引っ繰り返り、銃口がアストレーに向けられた。そして、勝手に引き金が引かれて弾が発射された。弾はアストレーの眉間を貫通し、アストレーは倒れて絶命した。

「ア、アストレー!お、おのれ・・・!」

弟を殺されたシーガとライタは、激怒した。二人は魔神龍の両脇に移動し、シーガは唾を、ライタは火炎玉を、それぞれ放った。どちらも魔神龍に当たったが、魔神龍は石化も火傷もしなかった。

「な、何故、俺達の攻撃が効かないんだ!?」
「俺は別に石になりたくなければ、火傷したくもないからだ。わざと攻撃を喰らったのは、俺の凄さを見せつけるためだ。もう遊びは終わりだ。死ね!」

魔神龍の目が、またもや赤く光った。するとライタは全身を炎に包まれて焼け死に、シーガの体は徐々に石化した。シーガが完全に石になった後、魔神龍はシーガを殴り、シーガは砕けて死んだ。魔界の平和を望み、そのために奮闘してきたセモークの三兄弟の余りにも呆気ない最期だった。

魔族の軍団を全滅させた魔神龍は、ベジットの方を振り向いた。すると、べジットに掛かっていた金縛りが解けた。

「お前は、もう少し楽しませてくれるんだろ?ベジット・・・いや、ここは敢えて孫悟空とベジータと言っておこうか。お前達二人の事は、お前達自身よりも知っている。お前達が既に忘れてしまった事や、元々知らなかった事も、俺には手に取るように分かる。数々の死闘を潜り抜け、戦いに関しては自信があるだろうが、俺の力の前には長年培ってきた戦闘力や経験も役には立たん。くれぐれも俺を邪悪龍やジュオウ親衛隊と同列視しない事だ」

ベジットは何とも言えない不気味さを感じ、体中から大量の汗が流れた。

「魔神龍。戦う前に一つだけ教えろ。俺を倒すんだったら、金縛りの状態で殺した方が楽だっただろ?どうして解除した?」
「下らん質問をするな。動けない奴を倒しても面白くないからだ。俺は三億年ぶりにドラゴンボールから出て来たから、もっともっと戦いを楽しみたいんだ。折角チャンスをやったんだから、俺を失望させるなよ。もしつまらん戦いをしたら、その時点で消してやるからな」

かつてない危険な敵を前にして、さしものベジットも平静ではいられなかった。しかし、だからと言って勝負を捨てるべジットではなかった。ベジットは身構え、戦う意思を魔神龍に示した。

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