其の九十九 魔人ウーブ

魔神龍は、ピッコロの弱点を淡々と語り始めた。

「基本的に神龍は、自分の力を超える者の体に関しては、手出し出来ない。お前の場合、自分より弱い者を自分と同じ強さにまで高める事は出来るが、それ以上の強さにする事は、他人は愚か自分自身に対しても出来ない。しかし、俺は違う。自分より戦闘力が上のカイを消したり、ベジットを強制分離させた様に、自分の力を超える者の体に関しても介入出来る。お前達の言い方をすれば、俺は神龍を超えた超神龍だ」

話を共に聞いていたトランクスは、すかさず魔神龍に質問した。

「つ、つまり貴様は、自分の戦闘力を自在に高められるのか?」

魔神龍はトランクスの方を振り返り、得意そうに応えた。

「戦闘力だけでなく、全能力の上昇が可能だ。この前のベジットとの戦いで、俺が自分のスピードと反応速度を上昇させたのを忘れたのか?お前達は、今の力を得るために長く苦しい修行を積んだが、それ以上の力を俺は、何の苦労も無く、一瞬で得られる。重力操作や真空状態を封じられても、俺は少しも困らない。どんなに相手が強くても、自身の戦闘力を、その相手より遥かに上にすれば、俺が戦闘で負ける事は、絶対に有り得ない」

魔神龍の説明を聞いたトランクスと悟天は、大きなショックを受けた。魔神龍と戦い続けて自分達の戦闘力を少しずつ高める事が出来たとしても、相手が自由自在に戦闘力を高められるならば、焼け石に水であった。ようやく見出した勝機が失われて茫然自失する二人だが、魔神龍の話が終ったわけではなかった。魔神龍は、ピッコロの方に再び振り向き、更なる追い討ちを掛けた。

「お前が神龍の力を使う度に、マイナスエネルギーが体内に蓄積される。余り多く使い続けていると、体内に充満したマイナスエネルギーに体を支配され、理性を失い邪悪龍と化す。神龍の力では、マイナスエネルギーを浄化出来ない。邪悪龍になりたくなければ、神龍の力を使う回数を控えなければならない。一方、俺は超神龍だ。超神龍ならマイナスエネルギーを消せる。つまり俺は、お前より強大な力を無尽蔵に使える。神龍の力を得たからと言って俺に戦いを挑むのは、早計だったな」

トランクス達の受けたショックは、更に大きかった。ピッコロの神龍の力は、実はピッコロ自身を邪悪龍にしかねない諸刃の剣だったからである。しかし、当のピッコロは、妙に落ち着き払っていた。

「貴様が挙げた弱点に俺が気付かんとでも思ったのか?それ位の事は、神龍の力を得る前に把握していた。俺が神龍の力を得たのは、貴様を直接倒すためではない。貴様が何かとんでもない事を仕出かしたら、それを即座に打ち消すためだ。まだ勝ち誇るのは早いぞ!魔神龍」

強気の姿勢を崩さないピッコロだったが、実は手詰まりだった。魔神龍の力を上手く抑える事が出来たとしても、肝心の魔神龍を倒す役割を担ったトランクス達の力が、ピッコロが想像していた以上に頼りなかった。現在の彼等の力では魔神龍に敵いそうにないので、せめてもの対策として、四人の力を自分の域にまで高めようと考えた。この時、ウーブがピッコロに近寄り、そっと耳打ちした。

「神龍の力で俺を魔人に変えてもらえませんか?俺の前世は、凶悪な魔人ブウでした。しかし、そのお陰で、俺は生まれつき常人を遥かに超えた魔人の力を持っていました。俺は悟空さんに鍛えられて自分の力をコントロール出来るようになりましたが、全ての力を引き出せるわけではありません。何故なら、脆い地球人では、魔人の力を全て発揮するには体が耐えられないからです。ですが、俺が魔人になれば、そうした問題も解決されて、全ての魔人の力を使えるようになります」

強い戦力が求められる現在の状況を考えると、ピッコロはウーブの提案に応じたかったが、そのリスクも同時に悟って躊躇した。

「お前は俺より戦闘力が低いから、お前の体を魔人にする事は可能だ。しかし、お前を魔人にすると、お前の力は俺を超えるだろう。そうなると、お前を元の人間に戻せない。それを分かっているのか?」
「魔神龍を倒すためだったら、俺の体がどうなろうと一向に構いません」
「・・・すまん、ウーブ」

ピッコロは、意を決して神龍の力を使った。ピッコロの目が赤く光ると、ウーブの体は淡い光に包まれた。その光が消えると、ウーブに変化が見られた。黒かった皮膚の色が更に黒くなり、表情も険しくなった。そして、何より気が大幅に上昇したが、残念ながら善の気ではなかった。

豹変したウーブは、いきなり目の前にいたピッコロを殴った。殴り飛ばされたピッコロは、後方の岩山に勢いよく叩きつけられた。岩山は粉々に崩れ、ピッコロは崩れ落ちた岩の下から這いずり出てきて、殴られた顎を手で押さえながら、よろよろと立ち上がった。

「ウ、ウーブの奴、ここまでパワーが上がるとは・・・。もしかしたら魔神龍を倒せるかもしれない」

ウーブは、ピッコロが立ち上がった事など気にも留めなかった。ウーブの興味の対象が、魔神龍に移っていたからである。ウーブは、魔神龍に向かって歩き始めた。その線上にいたトランクス達は、自分達も殴られるのではないかと思い、慌ててウーブから離れた。ウーブは、トランクス達を無視して魔神龍の目の前まで移動し、魔神龍に殴りかかった。対する魔神龍は、ウーブからの一撃を避けると同時に、浴びせ蹴りをウーブに喰らわせたが、ウーブは怯まずに魔神龍への攻撃を続けた。

ウーブと魔神龍が交戦している間に、トランクス達三人はピッコロの側まで移動した。そして、悟天がピッコロに労りの言葉を掛けると同時に、質問を投げた。

「大丈夫ですか?ピッコロさん。ところで、ウーブはどうしちゃったんですか?何でピッコロさんを殴ったりしたんですか?」

ピッコロは、顎を押さえていた手を離してから応えた。

「ウーブは人間を捨て、魔人になった。知っての通り、ウーブの前世は魔人ブウ。前世の力を失わずに転生したが、これまでは前世の力を無意識に抑えていた。地球人の体では耐えられないと本能的に悟っていたからだ。しかし、魔人の体を得た事で、そのブレーキが外れ、真の力が解放された。その一方で、心まで魔人になって理性を失い、近くにいた俺を殴った。今のウーブは、誰が敵で誰が味方かも分かっていない。ウーブが魔神龍に狙いを定めたのは、この場では奴が一番強いからだ」

魔人となったウーブは、好戦的で強者との戦いを望んでいた。そんなウーブにとって、魔神龍は格好の標的だった。

「でも、それじゃあ、ウーブは今後どうなるんですか?失礼ですけど、魔人になって強くなった今のウーブを、ピッコロさんの神龍の力で元に戻せるとは思えませんが・・・」

魔人になったウーブは、ピッコロより遥かに強かった。その強さが今は頼もしくても、この戦いが終わってしまえば、一転して危険になると予想された。

「確かに俺の力では、ウーブを元の人間に戻す事は出来ない。ウーブは魔人のままだ。しかし、それは本人も覚悟の上だ。もしウーブが魔神龍を倒せたら、その時は全員で奴を取り押さえて、人間の心を取り戻せるように何かしなければなるまい。このままにしておくのは危険だという理由でウーブを殺すのだけは、何としても避けたい」

ピッコロ達は、悲壮な覚悟で魔人化したウーブを、悲しげな目で見つめていた。そのウーブと魔神龍の戦いは、現時点では魔神龍の方が優勢だった。魔神龍は、圧倒的なスピード差でウーブを翻弄し、次々と攻撃を当てていった。しかし、ウーブは幾ら攻撃を受けても一向に怯まず、何度でも魔神龍に立ち向かっていった。

「こ、こいつ、ダメージを受けていないのか?」

魔人となったウーブの体は、驚くほど頑丈だった。殴られているウーブよりも、殴っている魔神龍の拳の方がダメージを負っていた。このまま攻撃を続けても意味が無いと判断した魔神龍は、神龍の力を使おうとしたが、その前にピッコロの方を見ると、ピッコロは魔神龍を注意深く見張っていた。そして、魔神龍がピッコロに気を取られた隙に、ウーブが魔神龍に飛び掛かった。魔神龍は反応が遅れ、ウーブの攻撃を喰らった。その一回の攻撃で、魔神龍は大ダメージを受けた。

「ノーマークだったウーブが、ここまで強くなるとはな。それに、ピッコロの存在が気になって思う様に戦えない・・・。ふん。ようやく面白い戦いになってきた」

魔神龍がベジットと戦った時は、ベジット一人に意識を向ける事が出来たから、気持ち的には楽だった。しかし、今回はピッコロの動向を気にする余り、ウーブに集中出来なかった。ところが、魔神龍は何故か楽しげだった。

ウーブは、一心不乱に魔神龍への攻撃を繰り返した。集中力が低下した魔神龍は、何度もウーブの攻撃を喰らった。魔神龍は、体勢を立て直そうとウーブから離れたが、ウーブが追いすがって来た。スピードは魔神龍の方が上なので、両者の間に距離が空いたが、ウーブは追いつけないと分かると、魔神龍に向かって強力なエネルギー球を複数投げつけてきた。

「魔神龍の奴、一体どうしたのかしら?急に動きが悪くなったわ」
「俺の存在が無言のプレッシャーとなって、魔神龍に重く圧し掛かっているのだろう。しかし、喜ぶのは早い。魔神龍が次に打ってくる手は、おそらく自らの戦闘力の上昇。それを阻止出来るかどうかが勝負の分かれ目だ」

コメント

タイトルとURLをコピーしました