其の二十二 甦った情熱

半ば強制的にリマの部下にさせられた天津飯と餃子は、リマに連れられて、とある星を訪れた。そこは廃墟と化した建物が点在し、人の気配が一切無い荒れ果てた星だった。しかし、天津飯達にとっては初めて来た星のはずなのに、何故か懐かしい感じがした。それは餃子も同様だった。

「ここは以前、三つ目族が住んでいた星か?」

不思議に思った天津飯は、傍らに居るリマに尋ねた。

「そうだ。ここでは三つ目族と小人族が仲良く暮らしていた。しかし、五十年程前、当時の魔王ダーブラに攻め滅ぼされた。俺の両親は逃げ延び、その後に兄と俺を生んだ。俺達は誰にも発見されないよう隠れて暮らしていた。もし俺達の存在をダーブラに知られたら、殺されていたからだ。親は俺達兄弟を鍛え、いつか一族を滅ぼされた恨みを晴らすように言い残して亡くなった」

リマの表情は、実に悲しげだった。一族の無念や親を思い出し、そんな表情になったのだろうと天津飯は思った。

「両親が死んだ後も俺達兄弟は隠れて修行を積み重ね、力を蓄えていった。ところが二十年程前、ダーブラが突如として失踪したせいで、俺達は一族の仇を討つ機会を失ったが、ようやく堂々と人前に出る事が出来た。また、次の魔王を決める武道大会が開かれると聞き、兄が魔界の平和を願って志願した。兄は並み居る強豪を破って最後まで勝ち残り、晴れて魔王となった。兄は仁政を敷き、魔界は見違えるほど住みやすくなった」

兄の話をしている時のリマの表情は、実に嬉しそうだった。何て分かり易い奴だと天津飯は思った。

「しかし、五年前、前魔王ダーブラの息子が、魔王の座を賭けて兄に勝負を挑んできた。俺は諦めていた復讐の機会が、遂に訪れたと思った。前魔王の血を継ぐ者だけあって、ダーブラの息子は強かった。しかし、魔王となった後も修行を続けていた兄は、もっと強かった。だが、戦いに勝った兄は、ダーブラの息子を殺そうとはしなかった。その理由を俺が問うと、兄は言った。『もし殺せば、今度は自分が恨まれる事になる。恨みの連鎖は、断ち切らねばならない』とな」

魔王の座を賭けて戦う勝負のルールは、長老が立ち会う事、一対一で戦う事、ナツメグ人でない事、位であり、対戦相手を殺しても反則にはならない。その事を知っていたリマは、兄のルーエが挑戦者であるシーガを殺す事を期待していた。

「理由が何であれ一族を滅ぼされたのだから、大抵の者ならば、滅ぼした当人は無論、その血縁者も恨むのが普通だ。俺がお前の兄の立場だったら、そのダーブラの息子とやらを殺していたかもしれない。かなり人間が出来ているな。お前の兄は」

天津飯は素直に感心した。リマが単純な人間だから、その兄も似たようなものかと天津飯は想像していたが、予想に反して人格者だった。天津飯に兄を誉められ、リマは満更でもない顔になった。

「まあな。弟の俺が言うのも何だが、兄は本当に素晴らしい人だった。俺は兄の為ならば、死んでも良いとさえ思っていた。だが二年前、兄は部下の裏切りで殺されてしまった。そいつは七人の恐るべき力を持った怪物を生み出し、兄及び、兄に仕えていた大勢の部下を殺した。俺も戦ったが全く歯が立たず、逃げるのが精一杯だった。俺は復讐を誓い、魔界の神である魔界王様に弟子入りした。ところが一年前、向こうの世界から来た孫悟空達により、その七人の怪物は倒された」

唯一の肉親であり、心酔していた兄を殺された事は、リマにとって身を引き裂かれるより辛い事だった。リマは刺し違えてでも仇を討つと心に決め、日々の厳しい修行にも必死に喰らいついていたが、突然現れた余所者達に仇であるジュオウ親衛隊が倒された。その結果、修行の目的を失ってしまったリマだが、以降も修行を続けていた。

「ほう。悟空の奴、こんな所でも活躍していたのか・・・。しかし、良かったではないか。お前の兄の無念も晴れただろう」

ピッコロ達と魔界に来る道中、天津飯は魔界に通じる門を、何故ピッコロ達が知っているのか尋ねなかった。尋ねられなかったので、ピッコロはジュオウ親衛隊との戦いについては何も語らなかった。そのために悟空達が魔界で戦っていた事を天津飯は知らなかった。

「良くない!仇を横取りされた悔しさが分かるか!?それ以来、俺は打倒孫悟空達を目指して修行している。しかし、奴等は強い上に合体までする。俺一人の力では、例え大魔王になっても勝てないだろう。孫悟空達に勝つには、共に戦ってくれる者が必要だ。俺には部下が何人も居るが、どいつもこいつも弱過ぎて、戦いの役に立ちそうもない。部下が駄目なら同志でも良い。お前には俺の忠実な部下になれとまでは言わない。同志となり、俺に力を貸してくれ。天津飯」

リマは魔神龍との戦いで倒れた後、いずれ訪れるであろう悟空達と戦う日を見据え、悟空達の戦いぶりを観察していた。そして、悟空達が用いた様々な戦法を目の当たりにして、この後どんなに強くなっても自分一人の力だけでは勝てないと悟った。

「同志になれだと!?初めから、そう言えば良いものを・・・。しかし、それは無理な話だ。何故なら俺の力では、悟空は愚か、他の連中にも勝てない。同族ゆえに、俺が共に戦ってくれると期待したのだろうが、当てが外れたな。それに、俺は若くない。仮に俺が若く、悟空達を圧倒する力があるとしても、悟空達を殺す気はない。あいつ等とは仲間だ。他を当たってくれ」

リマと悟空達とでは、立場も考え方も違う。将来、リマが悟空達と殺し合う事になるとしても、それを天津飯が止める事は出来ないし、止めようとも思わない。その殺し合いに天津飯がリマ側に付くつもりがないだけである。

「勘違いするな。俺は孫悟空達を殺すつもりはない。そこまで憎んではいない。戦って勝てれば、それで十分だ。戦うだけなら、お前も奴等に気兼ねする必要はあるまい。歳など関係ない。魔界には、一定の時間、若返れる秘術がある。それに俺が期待しているのは、お前の力ではなく技だ。三つ目人には、他種族が決して真似出来ない技が数多くある。お前に見せたい物がある。付いて来い」

リマは天津飯達を連れて、ある廃墟と化した建物の中に入った。そして、その中には山と積んである巻物があった。

「三つ目人の歴史は長い。先人達が編み出した技の数も膨大にある。この巻物には技や、その習得方法等が記されている。戦いは強さばかりが重要ではない。力の差を埋める技を身に付ければ、お前でも孫悟空に勝てるかもしれない。お前も武道を志しているなら、奴に勝ちたいとは思わないのか?」
「俺が悟空に勝つだと・・・?」

リマの言葉に、天津飯は激しく胸を打たれた。そして、悟空に勝つ事を目標に修行していた若き日々を思い出していた。出会った当時は余り無かった実力差が、年を経る毎に開いていった。少しでも差を埋めるため、家庭を築く事も、遊ぶ事すら放棄して修行に励んだ。修行における意気込みや、量は決して負けていないつもりだった。しかし、悟空は超サイヤ人となって宇宙一になり、遠い存在となってしまった。天津飯は、その後も修行は続けたが、悟空に勝つ目標は断念した。

天津飯は、リマの言葉を信じたい気持ちもあったが、同時に躊躇いもあった。リマとは会ったばかりだし、何より魔界を統括する魔王である。リマの言葉を額面通り信じ、後で痛い目に遭わないか、もしくは悟空を裏切る行為にならないか等、色々な事に思いを巡らせた。しかし、天津飯の武道家としての熱意が、それ等の不安を打ち消した。このままリマを無視して地球に帰ったとしても、いずれ老いさらばえて死ぬだけである。それよりは死ぬ前に一花咲かせたいと思った。

「面白い。ならば、お前と共に戦っても良い。ただし、俺が手を貸すのは、悟空達と戦う時だけだ。それで良いな?」
「構わない。誰にでも出来る簡単な小間使いで、お前を使う気は無い」
「それでは時間が惜しい。すぐに修行したい。まずは三つ目人の技というのを見ておくか・・・」

天津飯は巻物の束の中から一つを手に取り、その中を読み始めた。

「一つの巻物の中に、数多くの技が記されている。その巻物が、こんなにたくさん・・・。こんな膨大な数の中から、悟空に通じそうな技を選ばなければならないのは大変だが、遣り甲斐はある。お前も巻物を読んで技を覚えたのか?」
「いや。俺は親や兄から技を習っていた。技の基本を覚えた後は独自に修行して、それぞれ完璧に使えるようにした」

子供の頃、勉強嫌いだったリマは、巻物を読んで技を学ぼうとはしなかった。それより親や兄から教わった方が、手っ取り早く技を覚えられると思っていた。

「もし良かったら、俺がお前に技を教えようか?」
「いや結構だ。ここで餃子と二人で修行する。お前も魔王としての職務や、自分の修行が大変だろうからな」

天津飯は、リマに気を配る素振りを見せた。リマに対する警戒心が、少しずつ薄らいでいった。

「修行する時は、この星に限定せず、色々な星を巡ってみろ。魔界には、修行に適した星が多くある。食事に関しては、部下に定期的に届けさせよう。何か困った事があったら、何時でも俺の居城まで尋ねて来い。俺の城は近くの星にあるから、俺の気を探れば、すぐに分かるはずだ」
「何から何まで有難い。しかし、何故ここまで親切にしてくれるんだ?」

天津飯の何気ない質問に、これまで流暢に喋っていたリマが、急にまごついた。

「そ、それは、お前が兄に似ているからだ。くっ、こんな恥ずかしい事を言わせるな!俺はもう行くぞ!後は勝手にしろ!」

リマは顔を真っ赤にして、逃げるように飛び去った。後に残された天津飯は、その場で大笑いした。

「天さん。何がおかしいの?」
「あのリマとかいう男、実力は相当だが、まだまだガキだ。裏表が無さそうだから、奴の言葉を素直に信じても大丈夫だろう。もし奴が暴走しても、俺だったら奴を止められるかもしれない。奴が悟空打倒に燃えているのも、本当は兄を殺した連中を倒した悟空達に勝つ事で、亡き兄を越えられると思っているんだろう。さて、巻物の続きを読むか」

天津飯が巻物を読もうとした丁度その時、悟空が瞬間移動で現れた。突然の悟空の出現に、天津飯と餃子が驚いたのは、言うまでもなかった。

「な!?悟空!どうしてここに来た?」
「どうしてって、おめえがリマの部下になったって、魔界から戻ってきたウーブに聞いたんで、急いで迎えに来たんじゃねえか。おめえを魔界に連れて行くよう薦めたのはオラだから、責任を感じたんだ。どうやらリマは、ここに居ねえようだ。さあ、奴に気付かれない内に帰ろうぜ」

悟空は天津飯に手を差し伸べたが、天津飯は拒んだ。

「悟空。わざわざ来てもらって悪いが、俺も餃子も地球には帰らない。このままリマの部下として、魔界で暮らす事にした」
「何だって!?それ、本気で言ってるのか?」
「ああ。ここで修行し、時が来たら、リマと共に地球に行く。お前達と戦うためにな。覚悟しておけ、悟空。俺はお前と戦い、勝ってみせる」

天津飯の目は、情熱に燃えていた。こんな活き活きとした天津飯を見るのは、本当に久しぶりだった。天津飯の自信の根拠など、悟空が知る由もないが、悟空は「分かった」と言い残して、再び瞬間移動を使って一人で帰った。

この後、天津飯とリマの間に信頼関係が築かれ、リマは判断に迷う事があると、必ず天津飯に相談するようになった。

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