悟空達が目指している惑星ジニアでは、ある騒動が起こっていた。地下牢に幽閉されていた男が脱獄し、その男を捕らえるため、ハートボーグ五十七号を筆頭としたサイボーグやロボットが、男の周りを取り囲んでいた。
「またか!傷が治る度に脱獄しやがって!」
取り囲まれている男は、悟飯であった。体は汚れ、髪や髭は伸びていたが、目の輝きは失われていなかった。戦いに敗れ、ここまで連れて来られた後、治療すらしてもらえず、薄暗い地下牢に幽閉されていた。ところが、自然治癒で傷が治ると、牢を破って脱走を図っていた。しかし、惑星ジニアには方々に監視カメラが仕掛けられているので、すぐに発見された。そして、駆けつけた五十七号達に痛めつけられ、再び傷だらけになって地下牢に舞い戻る事が、これまで幾度も繰り返されていた。
当初は五十七号に手も足も出ずに敗れていた悟飯だったが、戦う度に力を増し、今では五十七号が気が抜けないほど強くなっていた。そして、その事が五十七号を更に苛立たせていた。
「どけ!俺は今度こそ地球に帰るんだ!お前達こそ邪魔をするな!」
悟飯は、まず正面にいる五十七号を蹴飛ばすと、続いて周囲のサイボーグやロボットを攻撃し、次々と破壊していった。悟飯が戦っている間に、五十七号が背後から羽交い絞めにすると、悟飯は首を後ろに振って五十七号に頭突きした。頭突きされて五十七号が怯むと、悟飯は羽交い絞めから脱出し、そのまま逃走した。
「お、おのれ・・・。生意気な。もう許さん!」
五十七号は悟飯を追いかけ、後ろから飛び蹴りした。背中を蹴られた悟飯はバランスを崩したが、すぐに体勢を立て直して殴り返した。悟飯は何かと目障りな五十七号を倒そうとしたが、その前に他のサイボーグやロボット達に取り押さえられた。多勢に無勢で、しかも悟飯は怪我が完治していないので、本調子で戦えなかった。
それでも悟飯は、必死に抵抗してサイボーグ達を吹き飛ばしたが、その直後に五十七号から手痛い一撃を喰らってしまった。悟飯の体勢が崩れると、後は大勢で暴行され、悟飯は敢え無く力尽きた。悟飯は地下牢に逆戻りし、五十七号はドクター・ハートに会いに行って報告した。
「全く困ったものね。こう何度も騒ぎを起こされたんじゃ、堪ったものじゃないわよ。それにしても、孫悟飯の回復力には本当に飽きれるわ。常人だと放っておくと死ぬような怪我も、何時の間にか治っているんだもの。サイヤ人の回復力が凄いのか、孫悟飯だけが特別なのかは分からないけど。しかも完治してないで、あの強さでしょ?もし万全の状態で、あなたと一対一で戦ったら、あなたは果たして勝てるかしら?」
自身の研究室に居たドクター・ハートは、苦虫を嚙み潰したような顔で呟いた。
「も、勿論勝てます!奴を取り押さえる時は、殺さないよう手加減していたからこそ、俺も若干の手傷を負わされたのです」
本当は若干の手傷どころではなく、体の数か所を破損するほどの傷を負わされていた。
「手加減ねえ・・・。以前のあなただったら、手加減しても攻撃を受けなかったわ。それが今じゃ他のサイボーグやロボットと共に戦っても、しっかり反撃されている。明らかに孫悟飯は強くなっているわ。いつか追撃を振り切って、脱獄を成功されるかもしれない。逃げるだけなら、まだ良いわ。私が恐れているのは、被害が出るほど暴れられる事よ。この星で不祥事があったら、私の管理能力が問われるから」
悟飯が暴れ、惑星ジニアに甚大な被害が出れば、ドクター・ハートを信じて管理を任せているドクター・ブレインは、間違いなく失望するだろう。責任を取らされ、処刑される可能性すらある。今は小規模の騒動で済んでいるから揉み消しは可能だが、大事な施設等が破壊されるほどに暴れられたら、流石に隠し通せない。
「・・・奴が強くなっているのは確かです。今後の事を考慮すると、牢に入れておくだけでは危険です。早く洗脳して、我々の協力者として働かせましょう」
ミレニアムプロジェクトを達成するためには、優秀な協力者は必要である。このまま悟飯を地下牢に閉じ込めるよりも、洗脳して協力者として働かせる方が良いと五十七号は考えた。
「そうしたいのは山々なんだけど、それが非情に難しいのよ。実は以前、孫悟飯を洗脳しようとしたんだけど、失敗したの。彼は洗脳を跳ね除けるぐらい、意思が物凄く強いのよ。更に強力な洗脳をしようとも考えたんだけど、洗脳が余りにも強力だと、発狂させてしまうかもしれない。仮に洗脳が成功しても、何かの拍子に、その洗脳が解けるかもしれない。そうなると、孫悟飯が強過ぎる分、私達にとっては脅威だわ。完璧な洗脳なんて存在しないの。出来れば洗脳したくない」
洗脳は非常に難しい。強力な人造人間を造れるドクター・ゲロでさえ、十七号や十八号の洗脳には失敗した。洗脳に成功したように見えても、実は演技で本当は洗脳されていない事だってある。悟飯が強過ぎるが故に、洗脳には二の足を踏まざるを得なかった。
「それでは、いっそのこと殺してしまいましょう。確かドラゴンボールを作る傍らで、奴の体を調べたり、細胞を摂取したりしたんですよね?それならば、もう奴は用済みだ。危険分子を早く始末して、将来の禍根を絶ちましょう」
惑星ジニアの警護を担当する五十七号にとって、悟飯は一刻も早く排除したい危険な存在だった。
「あれだけの力を消してしまうのは惜しいわ。何かに使えないかしら・・・。そうだわ!奴隷にして、働かせましょう。あれだけの強さがあれば、どんな力仕事でも熟せるわ。散々こき使えば、逃げ出す余力も残らないだろうし」
「なるほど!それは良い考えです。早速、手配しましょう。ところで、話は変わりますが、ドクター・リブとの連絡が途絶えたそうですが、その後に連絡が取れましたか?」
各銀河に派遣されているジニア人は、惑星ジニアで進捗状況を把握するために定期報告が課せられていた。ところが、ドクター・リブからの報告が途切れ、惑星ジニア側から連絡しても応答が無かった。
「それがまだなのよ。おそらく何者かに殺されたんでしょうね。困るのよねえ。ミレニアムプロジェクトのためには、一人でも多くの人材が必要なのに・・・。それにしても、何者がドクター・リブを倒したのかしら?もしかして五十六号を倒したサイヤ人達の仕業じゃないかしら?彼等が住む銀河は、ドクター・リブが担当していた銀河から遠く離れているけど、ドクター・リブが彼等の銀河に置いてきた宇宙船を使えば、移動は可能になるはずよ」
以前にドクター・リブが逃げ帰った際、数台の宇宙船を置いてきたと報告していた。それを入手し、操作方法を調べて判明したら、悟空達が持つ科学力では辿り着けない遠い星にも行けるようになる。
「あの連中でも宇宙船を使いこなせるかもしれませんが、俺はドクター・リブが攻めた銀河には、別のサイヤ人が居ると思います。様々な銀河でサイヤ人の痕跡が残されていますから、大昔のサイヤ人は、銀河間を集団で移動していたのでしょう。その場合、道中で群れから逸れた者もいたはずです。その逸れたサイヤ人の子孫が、今回ドクター・リブを倒したと思います」
これまでジニア人達が征服してきた銀河の各地から、サイヤ人が以前に生息していた痕跡があったとの報告がされていた。
「面白い仮説ね。でも、ドクター・リブが二度も侵略に失敗しないように、攻める予定の銀河に強敵がいないか、私は現地に人を派遣して、パワーレーダーで事前に確認までさせたのよ。もし本当にサイヤ人が居たとしても、レーダーに引っ掛からなかったから、そんなに強くないはずだわ。だから、ドクター・リブを倒したのは、気を発しないロボットの類か、ドクター・リブの後に他所の銀河から来た者の仕業よ。何者の仕業か知らないけど、いずれ必ず正体を暴いてやるわ」
一方、悟飯は手錠を掛けられ、奴隷達が働く作業場まで護送された。ジニア人の奴隷とされる人達は、ジニア人を裏切った元協力者か、ジニア人に歯向かって敗れたが、死にきれない者だった。悟飯を護送したサイボーグは、作業場の所長と面会した。
「この孫悟飯という男は、相当な力を持っている。しかし、反抗的なので倒れるまで扱き使え。殺しても構わん」
「ひひひ・・・。分かりました」
サイボーグが去った後、悟飯は所長の前に引きずり出された。
「さーてと。お前には、まず死んだ奴隷達を埋めるための穴を掘ってもらおうか。死体は邪魔で仕方がないからな」
「何だと!?どうして彼等の墓を作って、丁重に弔ってやらないんだ?それから、まだ生きてる奴隷達を今すぐ解放しろ!」
「この野郎!俺に口答えする気か!」
所長は持っていた鞭で、悟飯の体を何度も打った。悟飯は、五十七号達から受けた攻撃による傷のせいで、ほとんど身動き出来ない状態だった。
「奴隷の分際で、俺に指図するんじゃねえ!お前等奴隷は、俺の言う事を黙って聞いていれば良いんだよ!」
幾ら強靭な肉体を持つ悟飯でも、傷口に何度も鞭を打ちつけられては、耐えられるものではなかった。悟飯は遂に失神したが、所長は鞭を打ち続けた。
「ハアハア・・・。思い知ったか。おい!こいつを座敷牢に連れて行け!」
所長は下の者に命じて、気絶している悟飯を座敷牢に幽閉させた。当然の事ながら、治療など一切してもらえなかった。やがて意識を取り戻した悟飯だが、痛みが酷くて寝返りすら出来なかった。
「地球では、皆どうしてるんだろう?俺を助けようと、こちらに向かっているのだろうか?いや、父さん達が、この星の場所を知っているはずがない。それに、ここは地球から遠過ぎる。俺が奴等の宇宙船を奪って逃げるしか助かる方法が無い。そして、地球に帰ったら、傷を完全に治した後、この星に戻り、ジニア人やそれに連座する者達を倒すんだ。負けるものか。どんな事があっても、俺は絶対に地球に帰るんだ」
悟飯は、これまでの人生で辛い時期もあったが、ここまで過酷な目に遭った事は無かった。己の不遇を呪った事もあったが、これも自分に課せられた試練だと思い、それに打ち勝つ覚悟だった。その後、悟飯は毎日倒れるまで力仕事をさせられ、とても逃げる余力は残せなかった。しかし、悟飯は決して挫けなかった。また、過酷な仕事を経て、悟飯は肉体的にも精神的にも、更に強くなっていった。
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