其の三十六 卑劣な術

ベジータ親子がレックの居る星に向かったのと同時刻に、ピッコロとウーブは、ヤムチャが操縦する宇宙船に乗り、ある星に辿り着いた。彼等が下船すると、そこは一面が砂漠地帯だった。寒暖に強いナメック星人であるピッコロと、地球人乍らも日頃から鍛えているウーブは、蒸し暑さにも平然としていたが、武道家を引退して久しいヤムチャは、汗を拭きながら不平を漏らしていた。

「何だよ、この暑さは!こんな所に本当に敵が居るのかよ!」
「この星全体が砂漠だとは限りません。近くに気を感じない状況から判断して、ここから遠く離れた快適な場所に、敵の基地があると思います。まずは手分けして、敵の基地を探しましょう」
「おう。そうしようぜ。こんな所に居たんじゃ、干からびてしまうからな」

敵の居場所を特定するため、ウーブは三方に分かれて捜索しようと提案したが、ピッコロが待ったをかけた。

「待て、二人とも。ここが敵地だというのを忘れるな。敵が予想外の場所から、いきなり襲撃してくるかもしれないんだぞ。それでも俺とウーブなら、どうにか対処出来るだろうが、ヤムチャを一人にするのは危険だ。ヤムチャにもしもの事があれば、俺達は地球に帰れなくなる。だから効率は悪くても、三人が一緒になって探した方が良い」

ヤムチャは、ここ数年は碌に修行をしていない。そのため、もしヤムチャが一人で居る時に敵に襲われたら、ほぼ間違いなく殺されるだろう。それを危惧したピッコロの提案に、ウーブもヤムチャも異存は無かった。

「それと、ここは見渡す限り何の目印も無い砂漠地帯だ。こんな所に宇宙船を残しておけば、宇宙船を見失い、地球に帰れなくなるだろう。だからヤムチャが宇宙船を抱えて行け」
「え!?何で俺が?」
「俺もウーブも、敵が現れたら戦わねばならない。だから俺達二人は、手ぶらの方が良い。分かったら、さっさと運べ」

ピッコロは何て人使いの荒い奴だと、ヤムチャは密かに不満を抱きつつ、渋々宇宙船を持ち上げた。流石は元戦士と言うべきか、小型飛行機程度の重量しかない宇宙船を抱えるぐらい、ヤムチャには造作も無かった。こうして三人は、まだ見ぬスパイン師団を求めて、適当に方角を選んで飛行した。

三人は飛行しながら、気を探っていた。ジニア人達は、拠点とする星を選んだ後、その星に元から住んでいた人達を皆殺しにする。だから彼等が拠点とする星で気を感じれば、それはジニア人本人か、ジニア人と関わりある者の気と考えて、まず間違いなかった。そして、サイボーグであるスパイン師団やスパインボーグは気が無いため、彼等の側に居ると思われる協力者達の気を探した。しかし、協力者達は非戦闘員のため、気は決して大きくなかった。

十分後、気を探すのに飽きてきたヤムチャは、隣で飛行していたウーブに話し掛けた。

「なあ、ウーブ。お前、もう二十歳を過ぎたんだろ?彼女は居るのか?」
「彼女ですか?別に居ませんけど・・・」
「居ないのか?修行も結構だが、少しは女の子と遊んで気晴らしした方が良いと思うぞ。好きな子は居ないのか?」
「居ません!」

ウーブは強い語調で否定した。悟空と出会ってから今日に至るまで、ウーブは修行と戦闘の日々に明け暮れ、同世代の異性と接触する機会が無かった。一緒に修行しているパンとでさえ、ほとんど会話が無かった。ウーブは女の子に全く興味が無い訳ではないが、悪を倒して人々を救う事が、彼にとっての最優先事項であり、私事は二の次だった。しかし、ウーブと間逆の生活を送っているヤムチャは、若いのに青春を全く謳歌していないウーブを哀れに思っていた。

「何時までも若くはいられないし、未来の平和を守る戦士は一人でも多く必要だろう。お前が尊敬する悟空だって結婚し、悟飯や悟天のような戦士が生まれたじゃないか」
「俺の魔人の力は、受け継がれるものではありません。もし俺の子供が生まれても、その子は普通の地球人であり、サイヤ人のような強さを望めないでしょう。それよりも、今は悟飯さんを助ける事に集中したいんです。お願いですから、余計な事を言わないで下さい」

ヤムチャなりに言葉を選んで忠告したつもりだったが、ウーブにはヤムチャの言葉が心に響かず、不機嫌にさせてしまった。

「話はそこまでだ。敵が来たぞ」

ピッコロの警告を受け、二人が前方を見ると、軍服を着た複数の男達が、こちらに向かって飛んで来ていた。男達の人数は十人以上も居るのに、誰からも気を感じられないので、全員がスパインボーグだと、ピッコロ達は認識した。

「こちらを歓迎する雰囲気ではなさそうだ。行くぞ、ウーブ!」

ピッコロとウーブは、飛行速度を上げてスパインボーグ達に突撃した。そして一人、また一人と、スパインボーグ達を退治していった。戦い慣れた二人にとって、最早スパインボーグなど、雑魚以外の何者でもなかった。ところが唯一人、異様に強いスパインボーグが居た。他のスパインボーグと同じ様に、その男を倒そうとしたピッコロだったが、逆に手痛い反撃を喰らってしまった。

体勢を立て直したピッコロが、最後の一人となったそのスパインボーグを改めて見ると、堂々とした佇まいが、他のスパインボーグとは明らかに一線を画していた。ピッコロは、その正体が誰なのか、すぐに分かった。

「お前、スパイン師団の一人だな?他のスパインボーグに紛れて攻撃を仕掛けてくるとは、小賢しい奴め」
「そうだ。俺はスパイン師団の一人グラッシー。手下共に紛れれば、少しでも戦いが有利になると思ったんでな」

グラッシーと名乗る男は、下卑た笑みを浮かべているが目つきは鋭く、体は引き締まっていた。戦い方といい、見た目といい、どれもウーブには受け入れ難く、すぐに嫌悪感を抱いた。

「ピッコロさん。俺に戦わせて下さい。こいつを見てると虫唾が走るんです」
「分かった。だが油断するなよ」

ピッコロは、ヤムチャが居る所まで後退したが、ウーブが異常に興奮しているので、少し不安を感じていた。先程のヤムチャとの会話以降、ウーブは不機嫌だったので、ここに来て嫌いなタイプのグラッシーを見て、その苛立ちは更に募っていた。

ウーブは魔人と化すと、グラッシーに飛び掛かった。そして、激しく攻め立てた。最初はウーブの攻撃を防いでいたグラッシーだったが、次第にウーブの動きに付いて行けなくなり、何度も打撃を浴びせられた。未知の敵と戦う場合、最初は力を抑えて様子見するのがセオリーだが、ウーブはそれを無視し、初っ端から全力で戦っていた。冷静さを欠いて戦っているウーブを見て、どうしても不安を拭えないピッコロは、このまま戦いが終わってくれる事を願っていた。

ところが、グラッシーの目が急に光り、ウーブの攻撃が止まってしまった。異変に気付いたピッコロは、ウーブに向けて大声で呼びかけたが、ウーブからは何の反応も無かった。明らかにウーブの様子がおかしかった。ウーブが応答しないので、ピッコロはグラッシーに怒声で問い掛けた。

「貴様!ウーブに何をした?」
「この男は、俺の催眠術に掛かった。もうこの男は、俺の命令しか聞かない操り人形となった。今からその証拠を見せてやろう。おい。右手を上に挙げろ」

グラッシーに命令されたウーブは、素直に右手を上に挙げた。たったこれだけの動作だが、ピッコロが状況を理解するには充分だった。根が正直なウーブが、敵を欺く為に、わざと挙手したとは思えない。つまり現在のウーブは、本当に操られていた。ピッコロは大きなショックを受けた。

このグラッシーという男は、元々催眠術を使えたが、ドクター・スパインに改造される事により、その威力は更に高められ、今では相手の目を見ただけで、その人を催眠状態にするのが可能となっていた。ウーブがそれを知らなかったとしても、もう少し慎重になって戦っていれば、敵の罠に陥らなかったかもしれない。ウーブの軽率さが招いた悲劇であった。

「それでは次の命令を与えるか。おい。あの男を殺せ」

グラッシーはピッコロを指差して、ウーブに殺すよう指示すると、ウーブはピッコロの方に振り返った。ピッコロはこの時、催眠術に掛けられたウーブの顔を初めて見たが、目つきが空ろで、表情が暗く、普段のウーブの表情とは明白に違っていた。そして、グラッシーの傀儡となったウーブは、ピッコロとヤムチャの居る所まで飛んで来たので、ヤムチャは悲鳴を上げた。

「ピ、ピッコロ。俺を頼りにするなよ」
「元より、お前を戦力とは思っていない。くっ、まさかこんな事になろうとは・・・」

むざむざ殺される訳にはいかないので、ピッコロはターバンとマントを脱ぎ捨てて身構えた。ピッコロとウーブによる仲間同士の戦いが、今まさに始まらんとしていた。

コメント

タイトルとURLをコピーしました