対戦相手であるグラッシーの催眠術で操られてしまったウーブは、味方であるピッコロを殺せと命じられた。これは同士討ちを狙うグラッシーの奸計である事は明らかだが、それでもピッコロは己の身を守る為に戦わざるを得なかった。そして、ピッコロの傍らに居たヤムチャは、巻き添えを避ける為に更に後方へと退いた。
二人は向かい合い、遂に味方同士の戦いが始まってしまった。ウーブは右のパンチを繰り出し、ピッコロが身を屈めて避けると、ウーブは左のパンチを出してきた。ピッコロは踏ん反り返って避けたが、今度は右のキックが襲ってきた。躱しきれずに顔面に蹴りを食らったピッコロは仰け反ったが、すぐに姿勢を元に戻した。そして、お返しとばかりに側面から右のパンチを出したが、ウーブは左手で受け止めつつ、右のパンチでピッコロの顔を出血させた。
立て続けに二回攻撃を喰らったピッコロは、一旦呼吸を整えるために後退した。しかし、ウーブが追ってきたので、ピッコロは飛び上がってウーブの突進を回避しつつ、ウーブの後頭部を力一杯蹴った。蹴られたウーブが体勢を崩したので、その隙にピッコロはウーブを羽交い絞めにした。そして、ウーブを諭し始めた。
「目を覚ませ!ウーブ!俺は、お前の仲間だ!今は、仲間同士が争っている時ではない!催眠術などに負けるな!ウーブ!」
ピッコロはウーブに呼び掛け、正気に戻そうとした。しかし、一向に効果はなく、羽交い絞めを振り解かれてしまった。ウーブは再度ピッコロに迫り、ピッコロは止む無く応戦した。この二人の戦闘を観て、グラッシーは大笑いしていた。
「戦え戦え。どっちが勝とうが構わない。最終的に生き残った方を俺が殺せば良い。それにしても、あの二人、とんでもない強さだな。もし二人と同時に戦っていれば、間違いなく俺は殺されていただろう。一体、何者だ?それに遠くにいる男。あいつが抱えているのは、俺達の宇宙船と同タイプだ。何でジニア人の協力者でない者が、ジニア人の宇宙船を所有しているんだ?まあ良い。あの二人を始末した後で、宇宙船を抱えている男を捕らえ、じっくり聞き出すとしよう」
ピッコロとウーブの戦いは、徐々にピッコロが押されてきた。ピッコロは見切りをつけ、砂漠の中に突っ込み、姿を隠した。更にピッコロは気を消し、地上から居場所を特定出来なくした。魔人と化したウーブは、自分より実力が上なのは分かっていたので、ピッコロは無理な戦いを避け、地下で作戦を立てる事にした。ピッコロを見失って殺す対象が居なくなったので、ウーブは何もせずに、その場に立ち尽くしていた。
「ぼやぼやするな!この辺り一帯の砂を掘れ!まだ遠くに行ってないはずだ!」
グラッシーの怒声を聞いたウーブは、足元の砂を掘り始めた。とは言え、広い砂漠の中に隠れているピッコロを探し出すのは容易な事ではなく、中々ピッコロを発見出来なかった。業を煮やしたグラッシーは、飛び上がって地上に向けてエネルギー波を放った。エネルギー波が砂漠に命中すると、大きな砂埃が起き、砂漠に大きな穴が開いた。そして、砂漠の中に隠れていたピッコロは、地上に投げ出された。
「最早ここまでか・・・」
万策尽きて死を覚悟したピッコロだったが、ウーブはピッコロの姿が見えているにも拘わらず、依然として砂を掘り続けていた。先程はグラッシーに命令されて、しつこいぐらいに迫って来たウーブだったが、何故今は何もしてこないのか。ピッコロは理由を必死になって考え、一つの結論に達した。
「そうか!分かったぞ!これで奴を倒せる!」
ピッコロが閃いた頃、グラッシーは地上に降り、ゆっくりとウーブに歩み寄っていた。既に勝利を確信しているグラッシーは、邪悪な笑みを浮かべていた。そして、ウーブのすぐ側まで来たグラッシーは、ピッコロを指差し、改めて抹殺命令を出そうとした。
「砂を掘るのは、そこまでだ。あいつを殺・・・」
グラッシーが命令を出し終える前に、ピッコロはグラッシーに素早く近付き、グラッシーの顔に足元の砂を掴んで投げつけた。砂をぶつけられたグラッシーは、目や口に砂が入って、藻掻き苦しんだ。グラッシーが命令を出せない隙に、ピッコロは魔法で鏡を作り、それをウーブから見て、グラッシーが映るように位置を調整した。そして、ピッコロ自身は鏡の裏に身を潜めた。
「ぺっ、ぺっ。くそー、あの野郎。最後の悪足搔きをしやがって・・・」
グラッシーは口の中に入った砂を吐き出したが、まだ目の中に砂が入ったままなので、目は閉じられていたが、気を頼りにピッコロの位置を特定し、ピッコロの居る方角を指差して命令した。
「あいつを殺せー!」
抹殺を命じられたウーブだったが、グラッシーが指差す方角を見て、鏡に映っているグラッシーを殺せと命令されたと思い込み、側に居たグラッシーを殴り始めた。まだ目が見えないせいで、グラッシーは状況を飲み込めず、何故自分が殴られているのか分らなかった。
「ち、違う!俺じゃない!あいつだ!あいつを殺せ!」
グラッシーは慌ててピッコロの居る方角を指差したが、鏡に映っているのは相変わらずグラッシーであり、ウーブは躊躇わずに攻撃を続行した。このやり取りが何度も続き、結局グラッシーはウーブに殴り殺された。余りにも呆気ない最期だった。グラッシーが死んだ後、ウーブは卒倒した。
この一部始終を目撃していたヤムチャは、グラッシーが死んで安心したものの、何故このような展開になったのかが分らなかったので、ピッコロの元に飛んで来て尋ねた。
「ピッコロ。一体、何が起きたんだ?何でウーブは敵を攻撃したんだ?催眠術が解けたのか?」
ピッコロは自分の体に付着している砂を払い除けながら、応えた。
「奴の催眠術に操られた者は、一度に一つの命令しか受理出来ない。二回命令されれば、一回目の命令が頭の中から消えてしまう。俺を殺せと命令されたウーブが、その後に砂を掘れと命令されたので、その前の俺を殺せという命令が、ウーブの頭の中から消えた。俺が姿を現した後も、ウーブが砂を掘り続けていたのが、その証拠だ。その事に気付いた俺は、ウーブが催眠術に掛けられている状況を逆に利用して、奴を倒そうと考えた」
ヤムチャは、ピッコロの観察眼に仰天していた。自分だって戦いを観ていたのに、催眠術で操られた者は複数の命令を同時に受理出来ないなど、全く気付かなかった。
「俺が考えた作戦は、まず奴に砂を投げ、目と口を一時的に封じた。それから鏡を作り、ウーブから見て奴が映るように位置を調整した。砂を掛けられた奴は大慌てで、まず口の中の砂だけ出し、それから俺を殺せと命令すると思ったからだ」
グラッシーが口だけでなく、目に入った砂も出していたら、鏡の存在に気付いていただろう。しかし、口とは違って目に入った砂は中々取れない。また、命の奪い合いである戦場で、悠長に目に入った砂まで取っていられない。口に入った砂さえ出せば命令を出せるのだから、グラッシーならそうするだろうとピッコロは予見した。
「なるほどな・・・。だけど、もし奴が『ピッコロを殺せ』と名指しで命令していたら、折角の鏡も役に立たなかったんじゃないのか?それに、鏡にはウーブも映ってたんだろ?ウーブが自分自身を殴り殺す可能性だってあったんじゃないのか?」
ヤムチャにしては鋭い指摘だった。しかし、ヤムチャが思いついた事など、ピッコロは先刻承知だった。
「それは無い。奴は俺の名前を覚えていないはずだからだ。ウーブやお前が俺の名前を呼んでいたのを奴は聞いていたかもしれないが、人の名前なんてのは意識しない限り、一度や二度聞いた程度では覚えない。現に奴は、俺が連呼していたウーブの名前を一度も口にしなかった。俺達の名前を覚える気が無かったのは明白だ。それに、この鏡は見た者自身の姿は映らない特殊な鏡だ。俺やお前さえ映らなければ、鏡には奴の姿しか映らない」
ピッコロは、グラッシーの言動にも気に掛けていた。ピッコロ達を見下し、すぐに死ぬだろうと思い込んでいたグラッシーは、名前を覚えようとはしなかった。
「ウーブは、この先どうなるんだ?目が覚めても、ずっと催眠術に掛かったままじゃないのか?」
「心配ない。術を掛けた張本人は死んだんだ。いずれ術も解けるであろう」
ピッコロとヤムチャが見守っていると、ウーブは目を覚まし、ゆっくりと上体を起こした。その表情には、先程までの陰湿さは無く、いつものウーブの顔だった。
「ウーブ。俺が分かるか?」
「・・・ピッコロさん。あれ?俺は、どうしていたんだ?」
ピッコロの予想通りに催眠術は解け、元のウーブに戻っていた。ヤムチャには心配ないと言ってみたものの、それでも一抹の不安を感じていたピッコロは、ウーブの様子を見て心から安堵した。ピッコロ達が抱いていた心配など露知らずに当のウーブは、催眠術に掛けられた時の事を全く覚えておらず平然としていたが、グラッシーの死体を見て驚いた。
「こいつは確かスパイン師団!?何で死んでるんだ?ピッコロさんが倒したんですか?」
催眠術に掛けられた時の記憶が無いから、ウーブは自分がグラッシーを倒した事も当然知らなかった。自分が戦闘中に不覚にも眠ってしまい、その間にグラッシーを倒せる者が居るとすれば、それはピッコロ以外にありえないので、ウーブはピッコロが倒したと勘違いした。
「ふん。まあ、そういう事にしといてやるか」
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