悟空と戦って敗れはしたが、九死に一生を得たハートボーグ五十七号は、惨めな姿を晒しながら惑星ジニアに帰還し、研究所の中に居たドクター・ハートと対面した。五十七号の姿を一目見たドクター・ハートは、即座に事のあらましを理解した。五十七号に勝てる者は、全銀河を見渡しても、そうそう居ない。ましてや五十七号が向かった銀河は、事前の調査で強者が住んでいなかったはずである。つまり五十七号を破ったのは、悟空達以外に考えられなかった。
「孫悟飯を助ける為、その仲間達が向かっているという私の推理は、どうやら当たっていたようね。ドクター・リブが死んだのも、やはり彼等の仕業?」
「はい。そして、ドクター・スパインが今回やられました。奴等は、以前より強くなっています。このまま野放しにすれば、いずれこの星にまで辿り着くかもしれません」
「こうなったらドクター・ブレインに全て話し、その上で今後の対策を協議するしかないわ」
ドクター・ハートは、悟空達の存在をドクター・ブレインに報告していなかった。放っておいても害は無いと思ったからであるが、もし伝えると、それと付随して、ドクター・リブが逃げ帰って来た事や、五十六号が戦いに敗れて死んだ事まで伝えなければならなかった。これ等を伝える事は、ドクター・ハートにとって非常に都合が悪かった。
強者が住む銀河はオーガンが担当し、そうでない銀河はボーンが担当する。そして、強者の存在の判定や、各ジニア人が担当する銀河の割り当てが、ドクター・ハートの主な役割だが、本来なら悟空達が住む銀河系は、オーガンが担当しなければならなかった。しかし、銀河系は惑星ジニアから遠過ぎる位置に存在する所為で、ドクター・ハートは大した調べもせず、ボーンのドクター・リブを担当に選んでしまった。これは、ドクター・ハートの職務怠慢だった。
また、五十六号が戦いに敗れて死んだ事を伝えれば、それが他のジニア人にも伝わり、ドクター・ハートが周りから嘲笑されるかもしれなかった。ボーンならともかく、オーガンが造ったロボットやサイボーグが敗れるなど、通常では考えられないからである。人一倍プライドが高いドクター・ハートは、その屈辱に耐えられなかった。
以上の理由からドクター・ハートは、唯一の功績である悟飯の生け捕りだけを報告していたが、事ここに至っては、悟空達の存在も伝えざるを得なかった。ミレニアムプロジェクトの成就には、一人でも多くの人材が必要なのに、ボーンとはいえ二人のジニア人を失った事は、プロジェクトに大きな支障を来たす。また、もし悟空達が惑星ジニアに乗り込んで暴れられたら、プロジェクトが頓挫する。最悪の事態を避ける為、ドクター・ハートは覚悟を決めて報告する事にした。
ドクター・ハートは、ドクター・ブレインと連絡を取る為に五十七号をその場に残し、部屋から出ていった。それから数十分後、部屋に戻ってきたドクター・ハートは、相当不機嫌な様子で、頻りに舌打ちしていた。連絡を取り合っていた間、何があったのかを知らない五十七号は、恐る恐る尋ねた。
「あ、あの、ドクター・ハート。やはりドクター・ブレインから𠮟られましたか?」
「それは予め覚悟していたから、別にどうって事ないわ。問題なのは、その後よ。私達は、孫悟空達を始末する事で意見が一致したんだけど、誰が倒すかで意見が分かれたの。私はオーガンでなければ太刀打ち出来ないと主張したんだけど、ドクター・ブレインは意外な人物を指名したわ。何とあのドクター・スカルよ!」
ドクター・ハートは、吐き捨てるように言い放った。
「ドクター・スカルと言えば、知能指数が千五百で、ボーンの中では最も賢い男です。しかし、やはりボーンでは、あの孫悟空達に勝てないのでは?」
「私もそう言ったけど、ドクター・ブレインは譲らなかったわ。『彼は素晴らしい発明品を造ったから大丈夫だ』ですって。どんな発明品かは教えてくれなかったけど、『ドクター・スカルが惑星ジニアに立ち寄るから、その時に訊け』ですって」
トップであるドクター・ブレインが決断を下せば、ドクター・ハートは不服があろうとも、それに従わねばならない。その後、ドクター・ハートは、苛立ちながら五十七号の修理に取り掛かった。
それから一ヵ月後。遂にドクター・スカルが訪問する日になった。ドクター・ハートは、既に修理を終えて元の姿に戻った五十七号と共に、自身の研究所の中に居た。顔を見るのも嫌な人物に、これから会わねばならないので、ドクター・ハートは朝から苛々していて、傍に居る五十七号は居心地が悪かった。そして、担当していた銀河の征服を終えたばかりのドクター・スカルが惑星ジニアに帰還し、意気揚々とドクター・ハートの研究所を訪れた。
ドクター・スカルは、背は低くて額が広く、頬が痩せこけ、お世辞にも美男とは言えない風貌だった。また、着ている白衣が汚れており、不潔さが滲み出ていた。そんな女性が嫌いなタイプの男の典型例みたいなドクター・スカルは、ドクター・ハートの居る部屋の扉を開け、中に足を踏み入れようとしたが、大声で止められた。
「それ以上、近寄らないでくれない?吐く息が臭いから」
ドクター・ハートは、そっぽを向き、ドクター・スカルの顔を見ようとしなかった。美を好むドクター・ハートは、ドクター・スカルの醜い顔を見る事すら嫌がっていた。
大抵のジニア人は、整形手術で美しい外見を手に入れるが、その手術を受けるのは任意で、中には拒む者も居る。ドクター・スカルは、生来醜かったが、整形手術を受けるのを拒んだので、今でも醜いままだった。しかし、本人は外見にコンプレックスが無く、気にしていなかった。
「相変わらず冷たいですな。私が来たのは、あなたが所有する孫悟飯の記憶データを手に入れる為です。全部くれとは言いません。彼の過去の戦歴データだけを抽出し、それを私にくれませんか?」
「そんなのを手に入れて、どうする気?それに、素晴らしい発明品を造ったってドクター・ブレインが褒めてたけど、一体何を発明したの?」
ドクター・ハートは、目の前にあるコンピュータを操作して、記録している悟飯の記憶データの中から、戦闘の箇所を抽出する作業を始めた。
「私が造ったのは人口蘇生装置。通称『リバイバルマシーン』です。これを使い、過去に孫悟飯と戦って敗れた者達を蘇らせます。その者達の名前や特徴を知る為に、過去の戦歴データが必要なのです。そして、蘇った者達をサイボーグに改造し、より強くします。対戦経験がある彼等は、孫悟飯や仲間達の技や戦い方を知ってるでしょう。更に、殺されても生き返れるのだから、死を恐れずに戦ってくれるでしょう。どうです?凄い発明品とは思いませんか?」
ドクター・スカルの話を聞いている間、ドクター・ハートや五十七号は驚愕の余り、開いた口が塞がらなかった。そして、ドクター・ハートは作業を中断して、今日初めてドクター・スカルの顔を直視した。
「本当にそんなのが出来たの?たかがボーンの分際で生意気な!そもそも発明品が出来たら、それを管理する私に報告し、その設計書や現物を惑星ジニアに送るべきじゃない!どうして私には何も知らせず、ドクター・ブレインに報告したのよ!?」
「あなたは、私を嫌っているから、手柄を横取りされるかもしれません。だからドクター・ブレインに先に報告したのです。ドクター・ブレインは、絶賛してくれましたよ」
ドクター・スカルが惑星ジニアに自分の発明品を報告すれば、そこで管理しているドクター・ハートに発明品を横取りされ、あたかも彼女が発明したかのように偽装されるかもしれないと彼は危惧した。ドクター・ハートのドクター・スカルに対する悪態を考慮すれば、そう思われても仕方なかった。
「見くびらないで頂戴!公私混同なんてしないわよ。どんなに嫌いな人の発明品でも、それをその人の功績として、ちゃんと記録するわよ!それに、私はもっと凄い作品を開発中なの。それが完成したら、あなたのリバイバルマシーンなんて、誰も注目しなくなるわ!」
「確か、どんな願いでも叶えられる『ドラゴンボール』とかいうのを作っているんでしたな。本当にそんなのが出来ると良いですなあ。出来れば。ひっひっひっ・・・」
ドクター・スカルの言葉の裏には、「そんな物が出来るはずがない」と暗に馬鹿にする意図があった。現にドクター・ハートのドラゴンボール作りは難航しており、本人もその事を気にしていた。しかも、それを最も毛嫌いしているドクター・スカルから指摘された事が、ドクター・ハートの怒りを増幅させた。
ドクター・ハートは、それ以後無言で作業を続け、悟飯の戦歴データをディスクに入れ終えると、そのディスクを傍に居た五十七号に持たせた。そして、五十七号がドクター・スカルに近付き、ディスクを手渡した。
「もう用は済んだでしょ!?さっさと行きなさい!」
「ひっひっひっ・・・。聞きましたよ。このハートボーグ五十七号が、こてんぱんにやられたとか。オーガンのあなたが改造したサイボーグが倒せなかった者達を、ボーンの私が改造したサイボーグが倒したら、さぞかし痛快でしょうなあ。では、失礼しますよ」
ドクター・スカルは、ディスクを持って、足早に立ち去った。ドクター・スカルが外に出た後、研究所の中ではドクター・ハートがヒステリーを起こして暴れ出し、五十七号が彼女を必死に宥めていた。
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